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2006.01.16

赤尾敏について

昨日、1月15日は赤尾敏が最後の辻説法をした日だそうです。

1990年のことです。

その2週間後に彼はこの世を去っています。

赤尾敏って言ってもピンと来ない人が多いかもしれませんね。

日本愛国党という右翼団体の総裁だった人です。

赤尾敏の思想とかってのはよくわからないんですけど、

若いころ、僕は彼の辻説法の大ファンでした。

30年ほど前、僕は有楽町の数寄屋橋ショッピングセンターの着物屋サンでアルバイトをやっていました。

バイトの行き帰りに数寄屋橋を通ると、日本愛国党が街頭演説会をよくやっていたのです。

当時の僕はいっぱしの左翼青年を気取っていました。

だから、日本愛国党のビラを読んでも頭から否定していました。

何をナンセンスなことを言ってるんだ!

でも、白髪をふりみだして通行人に問いかける赤尾敏の演説には心惹かれるものを感じていました。

ナンセンスと思いつつ、人の心に切々と訴えかけるような説法に引きずり込まれていたのです。

僕は左翼陣営に身を置きながらも、左翼の演説というものに違和感を感じていました。

紋切り型で、表面的な感じがぬぐえないでいたのです。

それはどこの左翼党派の演説を聞いてもそうでした。

自己満足とでもいうのでしょうか。

教条的に切って捨てるような演説も、労働者大衆におもねるような演説もどこか表面的な感じをぬぐえずにいました。

ところが、赤尾敏の辻説法は中身はよくわからないんだけれど、

心情に直接働きかける力や

なんともいえぬ品格を感じさせてくれました。

僕は思想云々ではなく、ただただ赤尾敏の辻説法を聞かんがために数寄屋橋に通いつめたのです。

赤尾敏の人と成りや、当時の雰囲気をうまく描いたサイトを見つけたので紹介しますね。

「憂国のドン・キホーテ」

時は流れ…

赤尾敏のことはすっかり歴史の遠景に遠ざかっていました。

白髪を振り乱したあの辻説法…

最近になって時々思い出すことがあります。

「街角ライブ」と称して、駅や市場などで歌う時、ふと…思うのです。

俺はいつまで街頭で歌えるんだろう…

俺の歌は、赤尾敏のような風格や説得力を持てるんだろうか…

できることならば、ジジイになって老いさらばえるまで街角で歌い続けたいもんです。

★ちなみに、赤尾敏の兄弟に赤尾好夫がいます。

そうです!

あの旺文社の創設者で、「赤尾の豆単」で有名な赤尾好夫サマです。

「豆単」には僕もずいぶんお世話になったもんです。

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