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2005.04.19

「昭和の良心」がまたひとつ消えてしまった 高田渡

高田渡を「昭和の良心」と称した人がいた。

「良心」ってやつは、正論や建前論、大言壮語の陰にかくれた本当の気持ちというのにつながるような気がする。それは実生活レベルでの本音でもある。

団塊の世代。

戦後の混乱期に生まれた彼らは、高度経済成長をモウレツな競争を繰り広げ走り抜けてきた。
競争には優越感と劣等感が渦巻き、時に人を蹴落とし、あるいは足蹴にされながら生きていかざるを得ない世代だった。

高田渡は1949年生まれ。典型的な団塊の世代。
彼は団塊の世代にありながら、過ぎた背伸びすることなく、もくもくと自分の音楽をつづけてきた。

夢見ごこちなラブソングや威勢のいい大風呂敷の歌が全盛の世にあって、彼の歌はあまりにも「異質」だった。
競争に敗れた人、社会の底辺で息をする人。そしてそんな彼らの奥さんや子供たちのことをも意識した何気ない歌だった。そこには惨めや悲惨の匂いを感じさせぬ、肯定的な明るさがあった。

高田渡のデビューのころ『自衛隊に入ろう』があたった。
マルビナ・レイノルズの歌に高田渡が自衛隊の募集広告をちょっとひねって歌詞をつけた歌だ。
自衛隊を皮肉った歌なのに、防衛庁から

  「ぜひ、自衛隊のPRソングにさせてください」

と申し入れられたという逸話でも有名な歌だ。
もっとも、自衛隊に対するパロディだったわけだから、当然のことながら後に放送自粛となってしまう。

高田渡は『自衛隊に入ろう』をその後長い間歌わなかったそうだ。

  根っこにはそういう気持ちはあるよ。
  でもさ、あんまり露骨にそういうのを歌うのはね…
  
  日本はさ、学生が立ち上がり、労働者が立ち上がり…
  それでその奥さんがにぎりめしを握るようになって……
  はじめて変わんの
  ボクはね、そんな奥さんや子供のことを歌いたいの…
  

高田渡・・・

生活の中からにじみでてきた、「とるにたりない」つぶやきをさりげなく歌にして、小さな会場で小さく歌いつづけてきた人なんだろうなと思う。
顔と顔がたがいに良く見える、互いの息づかいが伝わる場所で、歌声やつぶやきといっしょに酒の香りが伝わるような所で30年歌いつづけてきたんだろう。

高田渡のそんな姿勢に フォークソングのひとつの行きかたがあるように思える。
そしてそれが「昭和の良心」なのかなと思う。

ご冥福を祈ります。

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