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2005.04.01

名もなき人の死

64歳だった。
25年もの間、女手ひとつで3人の子供たちを育て上げてきた。

上の娘二人を嫁に出し、末っ子の息子も社会人として軌道に乗り出したこの正月、彼女は病に倒れた。

癌だった。
すでに全身に転移し、手術することすら不可能だった。医師が告げた「生きられる時間」はごくわずかだった。

僕の印象に残る彼女。それは幼い息子を自転車に乗せ、走り回る姿だった。仕事場と保育所の往復、それが当時の彼女の日課。パワフルだった。その姿は彼女が病に倒れるまで変わることはなかった。

決して楽な生活ではなかったはずだ。おそらく台所は火の車で、子供を育て、生きることに精一杯だっただろう。人には言えぬつらさとや苦しさ、心細さがあっただろう。理不尽な思いに腹わたが煮えくりかえったこともあったはずだ。
しかし彼女の口から泣き言を聞いたことはついになかった。

僕の知る限り彼女のただひとつの楽しみは酒だった。
豪快に飲み、豪快に笑った。
彼女の飲みっぷりはまるで浮世のウサを酒で洗い流しているかのようだった。

一度だけ、彼女の涙を見たことがある。彼女の息子が中学生のころだ。ちょっとした傷害事件に巻き込まれた息子が怪我をおわされた。
そのころ僕は中学校のPTA会長をしていた。
息子同士が幼なじみということもあり、彼女は僕を頼ってきた。いつもの快活な表情はそこにはなく、般若の顔だった。般若の目から涙が一しずく落ちた。
母親の涙だった。

自分の半生を子供を育てあげることに費やしてきた彼女。孫もでき末息子も社会人になり、ようやっと自分のために生きられる時になり、彼女は病に倒れた。

けっして名のある人ではない。
人に影響を与えるような才ある人でもない。
むしろどこにでもいる平凡な母親だった。
自分の人生をただもくもくと生きてきた人だった。

闘病生活は痛みと小康状態の繰り返しだった。痛みのあるときは絶望の淵にいた。けれどひとたび小康状態に入ると俄然前向きになりリハビリに精を出した。必死に生きようとする彼女。

母親を支えようと必死の3人の子供たちは彼女に少しでも希望をいだかせようとしていた。癌と告知されていない母親の前で無理に笑い、普通にふるまう子供たちの姿はけなげであった。
子供たちは交代で毎日泊り込み、母親のなえようとする気力をふるいたたせ続けた。

そんな日々が3ヶ月続いた。

力尽きた彼女は旅立っていった。

あまりに早かった死。
人生のはかなさ、やるせなさを感じざるをえない。
何のため人は生まれ、何のため生きるのだろうか…。

しかし反面、彼女は自分の人生をかけた大きな仕事をこの3ヶ月でなしとげたように思えてならない。それは子供たちに「家族」というものの意味を深く考えさせたことだ。

子供たちは母を支えることで、母が生きてきた半生を思い起こし、心に刻みつけていった。母を中心に子供たちの心の絆を強めていった。

人生の中で人ができる大きな仕事。それは次の世代に自分の生きた証しを残し、引き継いでいくことなのかもしれない。

家族のために生き、家族の絆を強めていく。

彼女は生涯をとおしてそのために生き、その生き方は間違いなく次の世代に引き継がれたように思う。

彼女が逝ったその夜、大皿に山盛りの漬物が届けられた。
昨年の暮れ、彼女が樽いっぱいに漬けた白菜だ。
「形見わけ」の白菜漬け。手を合わせて味わった。

木谷スズ子さんのご冥福を祈ります。

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コメント

初めまして。今日初めてこさせてもらいました。
いきなりですがうちの母も癌です。
だからなのかなんだかすごく心に響きました。
名前が後世に残らない人もすごく一生懸命生きてる。
当たり前なんだけど改めて思った事です。
Martinさんのおかげでまた母を尊敬できそうです。

急にすみません。まだPC初心者で無礼があるかもしれません。
またよかったら私のブログにも遊びに来てくださいね。
木谷スズ子さんのご冥福をお祈りします。

では。

投稿: mayukari | 2005.04.01 17:58

mayukariさん

コメントありがとう。

僕の父も癌で12年前に亡くなりました。

人生って切ないもんですね。

でも哀しみも、喜びもみんな飲みこんで生きていくのが僕たち与えられたものなんだろうなとも思います。

mayukariさんのブログ見ましたよ。
若いお母さんなんですね。
お子さんと一生懸命つきあって、いい思い出を作ってあげてくださいね。

また時々遊びに行きますよ。

投稿: Martin 古池 | 2005.04.02 01:08

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