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2005.03.25

優しい時間 最終話

森の時計は
ゆっくりと時間を刻む


不器用なまでの父と息子。
この二人が素直に自分の気持ちのままに向き合うのに、長い時間が必要だったんですね。

壊れかけた人との関係を修復するのに、あまりにも急ぎすぎて…。結局はこじらせてしまうか、表面的な和解に終わってしまう。そんなことがあまりにも多すぎますよね。

この親子が向き合うのに費やした時間は本当に長かったですね。会わない時間があって、その会わない時間にそれぞれがいろんなことを体験して。時に人の善意のおせっかいがあったりして…。


拓郎:ここに一人でいるんですか?

湧吉:ああ…

拓郎:寂しくないんですか?

湧吉:最初のうちはちょっと寂しかったよ。
   年中 負け犬の気分だった。
   それがな、
   ここにいていろんな人と話していると
   どういうか…
   ひどく優しい気持ちになれるんだ。
   人にうまく取り入ろうとか、見捨てようとか、
   ここにいると何にもない
   ここにいると…
   純粋に生きていられるんだ。


湧吉にとってはゆっくりとした、優しい時間がかたくなだった心を溶かしていったんでしょうね。


拓郎には男になろうとして焼き物に打ち込んだ時間が…。

梓 :すばらしかった。
   あの抹茶茶碗。
   合えなかった時間が、
   あの中に詰まって、
   光ってた。

そしてめぐみ(大竹しのぶ)のこのセリフ。ジーンときましたよ。


  覚えてる? あなた言ってたわよね。
  若いカップルは互いをいつも見つめ合ってるけど、
  熟成したカップルは…見つめあうより
  おんなじものをみるようになるって。
  おんなじものを見て、おんなじもの聞いて
  おんなじものを感じて、おんなじものに感動して…
  そういう年取ったカップルは素敵だって…

  あなたが見てるもの、
  わたしも見てるわ

  あなたが感じること、
  私も感じてるわ

  ここのカウンターで…
  いつでもあたし、一緒に…

拓郎を送り出し、『森の時計』に一人残る湧吉。

カウンターに並べてあったはずの二つのコーヒーカップ。
ひとつだけがめぐみの席に。
中をのぞきこむ。
コーヒーは飲み干されていたようで…。

めぐみが拓郎と湧吉のやり取りをこのカウンターで一緒に見ていたことを悟り、微妙に笑う湧吉。


おんなじものを見、おんなじものを感じ…
それはこの熟年のカップルにとっては拓郎なんですね。


どう言ったらいいんでしょうね。
ドラマチックでも、強いインパクトを残したわけではないんだけど、
見終わった後のこの心地よい感じは…

起承転結のはっきりしたドラマが多い中で、このドラマはそういうはっきりとした結論を感じないんです。
もちろん父と子が心を開きあうという結びで、めでたしめでたしなんだけど…
それとも違ったものを感じるんです。

この心地よい感じ…

そうか、それが優しい時間なのか…


  →「優しい時間」のサイト

  →「優しい時間」ファンサイト

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