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2005.01.05

母と過ごした正月休み

もうすぐ80歳になろうとする母親が函館から出てきた。
我が家の年中行事である。父が亡くなってから一人暮らしをしている母は関東に散らばっている子供たちのところを渡り歩いて正月を過ごすのだ。普通ならば子供たちが里帰りをするものだが、母は「あんたたちが来ればお金かかるっしょ。私が行けば一人分ですむ」と言って自分が体を運んでくる。


毎年正月の間だけ寒い北海道から暖かい内地に飛んでくる。まるで渡り鳥のようだ。さすがに最近は体がくたびれてきたようだ。膝が悪いため杖は欠かせないのだが、今年は我が家に折りたたみ式のコンパクトな車椅子を送りつけてきた。まだ杖で大丈夫と言いつつも、状況によっては必要になるかもしれないとの配慮からだ。(転ばぬ先の杖どころではない!)試運転と称して土浦に住む知人を訪ねた折に車椅子で移動した。車椅子を押しながら目頭が熱くなるのを禁じえなかった。でもそれは親不孝者の勝手な感傷。母は「らくちん、らくちん」とはしゃいでいた。


母を見て人生いかに生くべきかを考える。杖を突きながらえっちらおっちらやってくる母に「なんもそこまでして来っことないべさ」とは言えない。母は自分が心身ともに衰えた時、何かに頼りたくなるのを恐れているのだろう。必死に自分と闘っているのだと思う。何かを頼りだしたらそこで崩れると思っているようにも見える。だから東にパソコン教室があれば行って習い、西に水泳教室があれば行って習い、北に野外劇があると聞けば行って鑑賞する。そして南に子供たちがいれば行って煙に巻く。


今人生の『秋の時代』を生きている僕が、年老い『冬の時代』を迎えたた時、彼女と同じように好奇心を持ち続け、自分の体を動かし続けることができるだろうか。

「がんばんなさいよ!」

子供の頃ことあるごとに母に言われ続けてきた言葉だ。当時は耳にたこができていて、まさに馬の耳に念仏だった。老いと闘いながら生きている母の姿は身をもって生きる姿勢を見せてくれているような気がする。
母と別れ際に交わした握手。手のぬくもりを通して無言のうちに言われたような気がした。

「がんばんなさいよ!」


函館 旭ケ丘の家 レジダント

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