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2004.07.21

われは海の子

北海道新聞 - 卓上四季 -(7月19日)

少年時代の淡い思い出がある。夏の海。照りつける太陽。潮の香り。口をついて出るのはあの歌だ。われは海の子白波の、さわぐいそべの松原に、煙たなびくとまやこそ、わがなつかしきすみかなれ▼明治時代に作られた文部省唱歌「われは海の子」は八十年近くも作者不詳とされた。作詞者が元小樽新聞(北海道新聞の前身)記者で児童文学者の故・宮原晃一郎さんとわかったのは十五年前のことである▼幼少時代を過ごした鹿児島市の海を懐かしんで書いたそうだ。故郷の桜島を望む錦江湾岸に四年前、歌碑が完成した。除幕式に出席した義理のおいの鍋谷信勝さん(札幌市在住)が言う。「歌にある通り白砂青松の美しい海でした」と▼世代を超えて歌い継いできたこの愛唱歌が、戦後の一時期に小学校の音楽教科書から外された。「とまや」のような難しい言葉が出てくるという理由からだ。大人だってどれだけの人が「とまや」が「苫屋(とまや)=草ぶきの家」と理解していたことか▼「歌」はくちびるが覚えるという。歌詞の意味がわからなくても曲がすっと入ってきて歌えるようになる。子どもの音楽性は大人が考えるよりも豊かだ。詞とメロディーがこれほどかみ合った歌はそうなかった▼「われは海の子」の歌碑を建立するため募金運動は六年前の「海の記念日」から始まった。いまは「海の日」と呼ばれる。きょうがその日だ。

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コメント

われは海の子。

 いい歌ですね。
 そういえば
 何年も泳ぎに行ってないなぁ・・。

投稿: Hama | 2004.07.21 12:55

★僕は詩の内容にこだわる歌い手だ。当然演奏する時一番心を砕くことは詩の内容を伝えるためにはどのように歌えばよいのかということになる。詩の内容よりメロディやリズム感を優先した歌に馴染めないところがある。

★若い頃アメリカン・フォークソングを日本語に翻訳して歌う高石ともやに共鳴する所から音楽を始めているせいかもしれない。ピート・シーガーが来日した時、英語で歌う彼の反戦歌を日本語訳を交えながら演奏したという話しに共鳴する若者だった。

★「『歌』はくちびるが覚えるという。歌詞の意味がわからなくても曲がすっと入ってきて歌えるようになる。子どもの音楽性は大人が考えるよりも豊かだ。詞とメロディーがこれほどかみ合った歌はそうなかった」

★このくだりにちょっとはっとさせられた。意味不明の歌詞でも身体になじみ、口ずさんでいる歌がどれほどたくさんあることか。詩を伝えることを目的としているとは思えない歌でも心を揺り動かされる歌がどれほどたくさんあることか。(サザンの歌はいい例だ。詩を伝えるよりも詩の持つ語感とメロディとの相乗効果で成功した名曲がたくさんある)

★歌詞優先といってもメロディとかみ合わない、あまりに頭でっかちな歌は好まない。やはり歌詞とメロディがマッチしていることが大事なんだろう。
音楽とは音を楽しむこと。音とはそこに詩も含まれているということ。ごくあたりまえのことをあらためて感じさせられた一文でした。

それにしても「われは海の子」は、子供のころを思い出させるいい歌だなぁ・・・

投稿: Martin 古池 | 2004.07.22 11:06

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