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2004.07.07

竹に短冊 七夕祭り

   竹に短冊 七夕祭り
   
   覆いはいやよ
   
   ろうそく1本ちょうだいな
   
   くれなきゃ かっちゃぐぞ

今日は七夕。
齢50を重ねるとやたら子供の頃のことが思い出される。

夕方、函館公園のすり鉢山に陽が落ちる頃
僕たちは噴水の前に三々五々と集まる。
手には提灯をぶら下げたり、自作の『カンテラ』を持って。
『カンテラ』というのは海苔やお菓子の缶にくぎを打ち付けろうそくを立て、木っ端の取っ手を取り付けたやつ。
中には浴衣に三尺をひきずってる子もいる。
(ついでに鼻水もひきずって)

薄暗くなりかけた街を僕たちは一軒一軒まわり玄関先で大声で歌う。

   タケ~ニタンザク タナバタマツリ

オオイハイヤヨォ

ロ~ソク イッポンチョーダイナ

ク~レナキャ カッチャグゾォ

意味などわかりもせず、まるで呪文のように歌う。
今にしてみると「オオイハイヤヨ」というのは
「大いに祝おう」だったり、「多いはいやよ」だったのかとも思う。
でも僕は長い間「覆いはいやよ」だと信じ込んできた。
居留守を使っちゃダメだよという意味だと思ってきた。
「カッチャグ」というのは引っかくという意味。

すると玄関をあけておばさんが出てきて僕たちにろうそくを配ってくれる。
ろうそくをもらうと僕たちは急いでビニール袋に入れて次の家の玄関先に・・・

  タケ~ニタンザク タナバタマツリ・・・

あきもせずに同じことを繰り返す。

こうして9時まで町内を練り歩くのだ。

ふだん夜遊び、火遊びを許されない小学生にとって
七夕の夜のこの“儀式”には、怪しげで特別の魅力があった。

ビニール袋一杯のろうそくがどのように使われたかはさっぱり覚えていない。長い間机の引出しに眠っていたようにも思うし、親にせびってお菓子とバグッた(交換する)ような気もする。

深夜の便所(トイレではない)でろうそくに火をともし怪しくゆれる炎を見つめながらそのまま眠ってしまったことがある。危うくぼやを起こしそうになりひどく叱られた。
当時の便所はどの家もボットン便所で、40ワットの裸電球だった。
それだけでも充分怪しげではあったが、カンテラの中で揺れるろうそくの炎は魔術的ですっかり魅せられていた。

年に一度の七夕のこの“儀式”は全国でも珍しく、函館周辺でしか行なわれていと聞く。

それも近年はろうそくの変わりにお菓子をもらうのが普通になったという。子供の火遊びを懸念してとのこと。
子供にほいと(物乞い)の真似をさせるのはどんなもんかという批判もあるらしい。
お菓子を用意するほうも結構大変だ。
そういう風潮を反映してか、この“儀式”を無視する家もかなり増えたそうだ。“儀式”に参加する家は玄関先に竹飾りを用意し、子供たちは竹飾りの家を目指してお菓子をもらい歩くのが今風の七夕さん?
驚いたことに子供たちに母親が同伴することもあると聞いた。

友達同士暗い夜道を提灯の灯りを頼りに、怪しい体験を共有する。
大人たちは「竹に短冊」を歌いながら訪問する子供たちにろうそくをあげつつ見守る。
江戸時代に御先祖様の魂の通り道を照らすことに始まり、100年以上にわたって伝えられてきたこんな風習はもう風化してしまったんだろうか。

「七夕」と聞くと反射的にあのシーンがよみがえり、
「タケェニ タンザク」が心をかすめる。
無条件で目頭が熱くなる体験をこれからの子供たちにも残してやりたいものだ・・・。

今晩『街角ライブ』で七夕特集をやろう。
もちろん、歌いマッス!

  竹に短冊 七夕祭り・・・・・・
  

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