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2004.06.28

『街角ライブ』報告 6月26日(土)


人出も少なく、なんとなく寂しいなと思いつつ歌っていた。
こんな時ほどていねいに演奏するべきだと思いながらも、湿りがちなまま歌いつづけた。
人がいればトークも飛び出し、トークが出ればノリも出てくる。
前半ははほとんどトークもできないまま、ただひたすら歌っていた。
ライブは聴衆との関係で成立するというのは本当だ。

いいかげん寂しくなってきた頃、真横でじっと聞いてくれている人がいるのに気がついた。
現金なものでそういう人が一人でもいるととたんに元気になる。

何曲か歌った後、彼が不意に近づいてきた。

「takuya です」

ビックリした。
小学校時代の同級生だった。
ジャスト40年ぶりの再会だった。


話は遡ること4日前。僕はネットで「早坂茂三氏」について調べていた。
早坂氏はあの田中角さんの秘書で有名な人だ。
僕と同郷の函館人、早坂氏が亡くなられ、彼についての足跡などを調べているうちにあるホームページに飛び火した。

函館から内地に出てきて今は松戸で根をおろしているという人のホームページだった。最近彼が帰郷したときに撮影した写真のアルバムページだった。

函館の青柳町近辺で生まれ育った僕の目に懐かしい母校「青柳小学校」の写真がとびこんできた。
キャプションに「私の母校です」とある。オッと、思った。

さらにページをくっているとまたもや懐かしい写真が・・・
何の変哲もないただの家の写真。
でもキャプションに驚いた。

「元国会議員のA・F氏の家。彼の娘は私の同級生でした」

興奮した。
ぼくもこの娘A・Hさんとは同級生。
ということはこのホームページの作者は僕の同級生ということだ!
むさぼるように彼のサイトを読みまわり、誰なのかを知ろうとした。
結局、わからずにあつかましくもメールをしてしまった。

「もしかして、僕と同級生ではありませんか?」

はたして、それが takuya さんだった。

彼も僕のホームページに目を通してくれ、返事のメールを書いてくれた。


その takuya さんがさっそく新越谷の『街角ライブ』に足を運んでくれたのだ。

興奮した。
もう歌うどころではない。
40年の時間を埋めるかのように話し込んだ。
しばらくしてライブを聞きにまこちゃん夫婦が現れた。
まこちゃんのご主人も僕や takuya さんと同じ学年。
三者三つ巴で話に花が咲いた。(負けじとまこちゃんもからんできたから四者だ)

もうライブどころではない。
一時間近くも話しに花が咲いてしまった。

はっと気がつき、ふたたび歌いだした。
何人かお客さんも集まり始めていた。僕たちの会話を聞いていたのだろう。リクエストされた歌は・・・

玉置の『メロディ』。

同じ北海道出身で同世代の玉置。
しかも学生時代の追憶をテーマにした『メロディ』。
まさにこの時にぴったりの歌だった。

これはもう歌いましたよ。心をこめて歌いましたよ。

そして歌の最後に母校青柳小学校の校歌をつなげていった。
もちろん takuya さんも一緒に口ずさんでいた。


この『青柳小学校校歌』は今はもう歌われていない。少子化のため子供の数が減少し、青柳小学校は近くの谷地頭小学校と合併し、その時に新校歌ができたのだ。

校歌を歌いながら、過ぎ去った時代と『青柳小学校校歌』に対するレクイエムという思いにかられ、ほろりとしてしまった。


ライブはいつもよりちょっと早めに切り上げた。
胸がいっぱいだったから。

takuya さんとは再会を約して別れた。

これがこの日の『街角ライブ』でのできごとだった・・・
(『北の国から』の純のイメージで・・・)

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