2025.12.01

2025年12月 ライブ・音楽会予定

202512
12月05日(金)  さんすまいるコンサート
時 間  13:30~14:30
場 所  デイサービス・さんすまいる
地元、越谷は蒲生のデイサービス・さんすまいるで長年やっている歌声音楽会。
じいちゃん、ばあちゃんたちと世間話に花が咲き、気がついたら歌っていた。
歌とおしゃべりがシームレスにつながっている音楽会です。
見学をご希望の方はご連絡をお願いいたします。(martinkoike@gmail.com)
.
12月06日(土)  越谷ボランティアフェス 出演
時 間  12:00~12:20
場 所  越谷中央市民会館前 劇場
★Live cafeおーるどタイムに集う仲間たちがやっているボランティア演奏隊。
ハンマーダルシマー、アイリッシュハープ等の珍しい楽器によるミニステージです。
僕はギター伴奏と歌で参加。
★もしかしたら終了後に越谷中央市民会館前の芝生広場で青空越冬演奏をやるかもしれません。
(その日の流れによるので今のところ未定です)
.

12月12日(  つくろうカフェコンサート

時 間  13:30~15:30
場 所  MDライブラリー in 羽生
水先案内人 Martin古池

★羽生市の認知症カフェでの定例コンサート。
地元の方々と共に歌とおしゃべりのひとときを過ごします。
最近は絵本読み聞かせの方や、津軽三味線の方も参加しています。

.

12月14日(日  井戸端音楽会@楽龍時

時 間  13:00~15:00
場 所  民家ライブハウス 楽龍時
水先案内人 Martin古池

Photo_20251201073401

.

12月17日(水  歌声喫茶 @ JUNE

時 間  16:30~18:30
場 所  喫茶店JUNE(tea room ジュン)
料 金  ¥1000 (1ドリンク付き)
水先案内人 Martin古池

★昭和の香り漂う喫茶店で昭和を思いおこす歌の数々を参加者みんなで歌います。
歌とおしゃべりあふれる黄昏時をご一緒しませんか。

.

12月21日(日  フォークの歌声音楽会@おーるどたいむ
時 間  14:00~17:00
場 所  場 所  Live cafe おーるどタイム
      https://oldtimemk.exblog.jp/
出 演  Martin古池
参加費  ご注文をお願いいたします。
★フォークソングを中心になんでもありの歌声音楽会。
聴くも良し、歌うも良し、弾くも良し。思い思いのスタイルで参加OKです。
.
12月11日(木) ギター・ワークショップ@JUNE
12月26日(金)
   仮予定です。変更ある場合は後日ご連絡いたします。
時 間  16:00~18:30
場 所  喫茶店JUNE(tea room ジュン)
料 金  ¥1000 +オーダー
水先案内人 Martin古池
★26日は仮予定です。変更があった場合あらためてお知らせいたします。
.

12月毎週土曜昼下がり  青空演奏

時 間  昼下がり(13時半頃スタート)
場 所  越谷中央市民会館裏の元荒川沿い芝生広場の片隅

 

★6日は「越谷ボランティアフェス」出演のためお休みです。
(終了後ゲリラ的にやるかもしれないけれど今のところ未定です)

★20日は音楽研修のためお休みです。

| | | コメント (0)

健在なり! わが青春の石井荘

このところかつて住んでいたところをめぐる小さな旅をやっている。
今回は僕が青春時代を過ごした「石井荘」近辺を歩いた。
かなり以前に当時石井荘で寝食を共にした唐澤君と石井荘をさがしに来たことがある。
でも残念ながら探し当てることができなかった。
それほど景色が変わってしまっていたんだ。
当時石井荘の周辺は畑や梅林が多かったんだけど、住宅が密集していた。
くねくねと曲がる細い路地が交錯する中で石井荘を見つけることはできなかった。
もう取り壊されてしまったんだろうなと思っていた。
今回遠い記憶と勘を頼りに密集する住宅街をさまよっていた。
せめて跡地だけでも探し当てたいと思っていた。
不意にカンカンカンと何かを叩く音が聞こえてきた。
音のする方へ足を向けると、懐かしの石井荘の鉄階段が目に飛び込んできた。
  まだ、あったんだ!
鉄階段は何度か塗り直したんだろうが、間違いなく昔のままだった。
階段を上り下りする音が不意によみがえる。
道路に面した水場の窓もあの日のまま。
そうだった。
僕は2階にある水場から1階の道路までホースでつないで水浴びをしていた。
銭湯代を浮かすため苦肉の策だった。
道路は石鹸の泡だらけになったがとがめる人もなかった。(石井荘の怪人というニックネームは頂戴したが)
石井荘は2階建ての木造アパートだった。2階がアパートで、1階は大工さんの作業場だった。
朝早くから鳴り響くチェンソーの音が目覚ましがわりだった。
6部屋あるアパートには高校時代の同級生・唐澤君、僕の弟、大学の同期生、そして岩手から上京した予備校生やデパートで売り子をしていた美人さんが入居していた。
唐澤君は高校時代一緒になんちゃってジャズ・バンドをやった音楽仲間。
これに弟が加わり、共同生活が始まった。
やがて大学の同期生や予備校生、さらに美人さんも加わりちょっとしたコミュニティになった。(コミューン石井荘と呼んでいた)。
石井荘にはそれぞれの友人たちが頻繁に出入りした。
酒を酌み交わし、酔っ払ってそのまま寝泊まりするなんてことはざらだった。(4畳半に10人近くが雑魚寝することもしばしば)
騒ぎが過ぎると大家のおばちゃんが飛んできた。
  ちょっと!あんたたち!!
  なにやってんのさ!!
でもその目は笑っていた(ような気がする)
.
鉄階段の下から2階を見上げながらしばしたたずんでいた。
そんな古い記憶を掘り起こしながら。
石井荘は今も1階は大工さんの作業場。
2階にも誰か住んでいるような気配がある。
今の住人たちがどんな暮らしをしているんだろうなんて妄想を膨らませながら石井荘を後にした。
2025_11_19-4
2025_11_19-5
2025_11_19-6
2025_11_19-7
2025_11_19
ここで過ごした数年間が僕の(僕たちの)青春の大きな1ページだった。

| | | コメント (0)

おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 その2 Martin古池

1部の宍戸一賀さんの熱すぎるステージを受けての2部。
宍戸ステージの余韻がたっぷり残っていってお客様は声も出ず。
不思議な沈黙の中で2部をスタートさせましたた。(やりづらいったらありゃしない)
宍戸さんのステージが「動」ならば、こちらは「静」のステージでライブ全体のバランスをとることにしました。(予想されていたことでありますが)
さて今回のお題は「深夜放送で広まった歌の数々」。
お客様のほとんどが思春期・青春時代に深夜放送を聴いていた世代。深夜放送には甘酸っぱい思い出のある方も多いのでは。
そう考え、おなじみの歌だけをチョイス。
 ・ビター・スィート・サンバ(オールナイトニッポンのテーマ)
 ・セイ!ヤング!~夜明が来る前に(文化放送)
 ・水虫の唄(ザ・ズーとルビー:カメ&コウ)
 ・忘れたいのに(モコ・ビーバー・オリーブ)
 ・別れのサンバ(長谷川きよし)
 ・帰ってきたヨッパライ(ザ・フォーク・クルセダーズ)
 ・夜明のスキャット(由紀さおり)
 ・神田川(かぐや姫):椋野マスターのフィドルと
 ・「いちご白書」をもう一度(バンバン)
 ・スモーキン・ブギ(ダウンタウン・ブギウギ・バンド)
 ・ファイト(中島みゆき)
 ・今日までそして明日から(吉田拓郎):ピロちゃんがボーカル
唄うだけじゃぁ能がない。
深夜放送の歴史や当時の世相、若者だった自分のあれこれを随所に(1曲ごとに?)織り込みながら進めます。
あいかわらずの脱線に次ぐ脱線、寄り道だらけのステージ。
でもこれがおもしろい。
おしゃべり(ライブ・トーク)をしているうちについつい脱線、道草、寄り道をしてしまう。
もしかしたらこれがライブをより立体的にする隠し味になるのかもしれません。
今回のライブで心がけたのは深夜放送についての「語り部」になることでした。
1960年代後半から1970年代にかけて当時の若者たちの文化の発信源になった深夜放送。
それを歴史の中に位置づけてふりかえり総括したい。
そんな思いから事前の準備を入念に行いました。
歌の練習もさることながら、それ以上に歴史や世相についても細かく調べ上げて。
さらに深夜放送にまつわる当時の自分自身のできごとを思いだしながら、まとめ書き留める作業を重ねます。
ライブは歴史の授業ではない。
準備したもののほんの一部しか使われることはありません。
そのほんの一部を歌にからませながら膨らませていく。
語るために調べ上げる。そして伝えるためにすべては語らない。
これが「語り部」なんだろうと思います。
宍戸さんのステージは「動」。
自分自身の歴史を歌で表現するものでした。
その立脚点は「己」だったと思います。
だからこそあの熱量で歌いきることができる。
一方僕は一歩退いたところを立脚点に定め、「己」を極力消すようにしました。
語り部=「静」のステージです。
ライブ全体として見れば「動」と「静」がいい感じでバランスが取れ、良いライブになったんじゃないかなと思っています。
はたしてお客様はどう受け止めてくれたかな。
2025_11_16-de-with-5
2025_11_16-de-with-8
2025_11_16-de-with-6
2025_11_16-de-with-7

| | | コメント (0)

おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 その1 宍戸一賀

今回の「秋の陣」は宍戸一賀さんをお迎えしてのライブだった。
宍戸さんとはもう10年以上のおつきあい。
頻繁に顔を合わせているわけではない。
でもなぜか気になる存在。
彼のライブ活動の位置づけややり方が僕とかなり重なるためだろうか。
ここ数年の宍戸さんは居酒屋などで「300曲の中からあなたのリクエストにお応えします」という活動を中心にやっている。
「武者修行」の一環でお客様に寄り添う姿勢のステージだ。
何度か観させてもらったが、演奏スタイルは相変わらずホット。
でもお客様と親密な信頼関係を築きながら進めているのがとてもいいなと思っていた。
数あるオリジナル曲を封印してまでお客様に寄り添う姿勢は好ましく、親近感を覚えた。
「秋の陣」では本来のスタイルで自由にやってほしいと思っていた。
そんな意を汲んでくれたか、宍戸さんのステージはオリジナル曲を中心に「宍戸ワールド」全開だった。
身体全体から発する圧倒的な声量と音圧。
歌を支えるいさぎよいギターもまた圧倒的な音圧だった。
その激しさ、その熱さにお客様も最初は圧倒されていたようだ。
でも歌と歌をつなぐ真摯なトークもあいまり、宍戸ワールドに引き込まれていく。
あらためて感じた。
宍戸一賀のステージは「情熱」、「熱さ」が代名詞のようになっている。
でもそれは宍戸さんの真摯な生き方に裏打ちされてのことなんだろうな。
およそ1時間、宍戸一賀のホットなステージを堪能させてもらった。
(彼のステージを観ているとき、僕のスマートウォッチの心拍数は常時140を越えていた。平時は低い僕の心拍数が140まで跳ね上がることは稀だ。興奮してたんだろうな)
2025_11_16-de-with-3

| | | コメント (0)

2025.11.30

つくろうカフェコンサート

羽生のMDライブラリーで毎月1度行われている「つくろうカフェ」。
ここで歌い始めて1年が過ぎた。
「つくろうカフェ」とはいわゆる認知症カフェのことだ。
認知症の方はもちろん、その予備軍ともいえる人々が集まって開催されている。
認知症についての理解を深めるミニ講座があったり、手遊びのコーナーがあったりする中で小1時間の歌コーナーをまかされている。
ミニコンサートを始めたころは手探り状態でいろいろ試したりしていたが、この半年くらいはだんだん勝手が分かってきた。
常連の参加者は皆60代後半~70代。
僕と同世代のご婦人方が多い。
まさに多少なりとも認知症を意識せざるを得ない世代。
我々世代が青春時代に胸を熱くした歌の数々がメイン。
一緒に唄ってもらう場面もあれば、じっくり聴いていただく場面もある。
あっという間の1時間だ。
今日は今度の日曜日に予定している「おーるどたいむ de ライブ 秋の陣」の予行演習。
我々世代は中学、高校時代にラジオの深夜放送に夢中になっていた。
深夜放送で流れて、またたく間に広がっていった歌の数々を歌った。
歌詞カードなどないのに皆さん良く覚えていらっしゃる。
いや歌詞は覚えていないけどメロディは覚えている。
歌いながら少しずつ忘れていた歌詞を思い出していくといった塩梅だ。
そしてそれを肴に話しがはずむ。
忘れかけていたことを思い出すという「作業」も認知症予防には良いそうだ。
もっともそんな効果など僕はあまり、ほとんど意識していない。
たまたまそこに居合わせた者同士が歌いながらおしゃべりをしながらほんの刹那、心を通わすことができればそれだけでもう充分。
楽しいひとときを過ごさせてもらった。
ここ数ヶ月、絵本の読み聞かせをする人も参加するようになった。
今日は絵本の朗読のバックでBGMを弾くことになった。
どんな内容の絵本なのかも分からないので、読み聞かせを聞きながら頭に浮かんだメロディを弾いた。
これがなかなかいい雰囲気になり、次回以降もやることになった。
さらに先月から津軽三味線を弾くグループのミニコンサートもやるようになっている。
今日は日本民謡めぐりということで津々浦々の民謡をメドレーで披露してくれた。
なかなか聴き応えのある演奏だった。
少しずつ盛りだくさんになってきた「つくろうカフェ」。
毎月羽生まで通うのはちょっと骨だが、通う価値あるいい集まりだ。
来月も楽しみ。
そうそう話しのなりゆきで次回は「由紀さおり特集」を宿題として仰せつかった。これもまた楽しみだ。
581941910_24982931001400796_331381689801

| | | コメント (0)

たき火 風物詩の火は消えた

  垣根の垣根の曲がり角
  たき火だ たき火だ 落ち葉焚き
  あたろうか あたろうよ
  北風ぴいぷう吹いている
  さざんか山茶花咲いた道
  たき火だ たき火だ 落ち葉焚き
  あたろうか あたろうよ
  しもやけおててがもうかゆい
  木枯らし木枯らしさむい道
  たき火だたき火だ 落ち葉焚き
  あたろうか あたろうよ
  相談しながら歩いてく
子供の頃、落ち葉を拾い集めてたき火をするのが好きだった。
北国の晩秋の風は冷たく、遊び疲れ冷え切った身体にたき火の炎はあたたかくしみいった。
たき火の下に転がしておいたジャガイモを灰を吹き吹き食べるのもうれしかった。
先日散歩をしていたら庭の落ち葉をかき集め、ゴミ袋にぎゅうぎゅうと詰め込んでいるご婦人を見かけた。
大きなゴミ袋は庭先にいくつも積み上げられていた。
昔だったらたき火をしているところだろうに。
ちょっと淋しい気分になった。
なんでも2001年(平成13年)に廃棄物処理法が改正され「野外焼却」(野焼き)原則禁止とり、家庭から出るゴミはすべて焼却所で処分することになった。
違反すると5年以下の懲役、もしくは1000万円以下の罰金の対象となるそうだ。
自宅の落ち葉は家庭ゴミではあるが、例外としてたき火は認められてはいる。
でも廃棄物処理法で例外的に認められていたとしても、各自治体の火災予防条例で規制されているところが多い。
加えて軽犯罪法でも「不適切な火の取り扱い」は罰則の対象になっている。
法律でがんじがらめにされていてはたき火なぞはなかなかやれるもんではない。
加えて現代の住宅事情だ。
炎や煙が近隣への迷惑になることを恐れ、自主規制することにもなる。
かつては風物詩だったたき火。
風物詩とは暮らしの中であたりまえに行われ、習慣化し、かつ周囲からも認知されているものだ。
さいわいにも唱歌「たき火」は幼稚園や保育所などでは今も歌われているところもあるようだ。
でも実感の伴わない「歌」になってるんだろうな。
たき火の経験もないだろうし、山茶花の垣根のあるところも今では多くない。
しもやけで指先が赤くなり、痒いのをこらえているような子供たちも今は見かけない。
道ばたでたき火をしている「おじちゃん」が、学校帰りの子供たちをとっ捕まえて、「おい、坊主。寒いベさ。あたってけや」なんて光景も遠い昔だ。
たき火という風物詩の火はとうの昔に消えてしまった。
さびしいねぇ。
.
.
僕は子供たちが小さいころから山旅に連れて行った。山の中にテントを張り、小枝や枯葉を集めて火をおこした。
子供たちには枝を削るためにナイフを手渡し、火をおこすためにマッチも持たせた。
彼らは幼少の頃からナイフや火の扱いを覚えた。僕自身幼少の頃から石炭ストーブを焚くために薪を削ったりマッチで火付けをしていたからそうすることには何の疑いもなかった。
次男が小学生のころ学校から呼び出された。
先生が言うには「お宅はお子さんにナイフやマッチを持たせてるんですか」とのこと。
どうやら学校のかたすみで次男はたき火をしているところを先生に見つかったらしい。
廃棄物処理法が改正される2010年以前のことだから、たき火自体は法律に引っかかりはしない。でもすでにたき火が普通にできる環境は少なかった。
次男にすると学校の広い敷地であればたき火をしても大丈夫だと思ったそうだ。
学校のルールというものがあることだし、先生には謝罪し次男にはそれなりの小言を言った。
でも僕自身の腹の中では小学生であってもマッチはともかく、ナイフ(肥後守)必需品だろうと思っていた。ちょっともやもやしたものをかかえていた。
それは次男も同じようだ。大人になってから庭のある家を持ち、存分にたき火で煮炊きをしている。子供の頃のもやもやした思いがそうさせているのかは不明だが。(周囲が畑だらけということもさいわいしているが)
どうでもいい話でした。

| | | コメント (0)

青空演奏

いつもの芝生広場に着くとすでにピロちゃんは到着し、演奏してた。
そして茨城からウクレレを引っ提げてやってきた山ちゃんも。
山ちゃんがウクレレを始めてまだ1年に満たない。
すっかり腕を上げていてびっくり。
久しぶりの参加だったので本日前半は山ちゃんのレパートリーのオンパレード。
そして後半は青空演奏隊のテーマソング2曲を音合わせ。
即興でハーモニーもつけていい感じ。
少しずつ精度を上げてどこかのタイミングでお披露目したいものだ。
次回はピロちゃんは美時音で演奏予定でお休み。
瑞絵さんも三線のレッスンでお休み。
僕は僕で翌日の「おーる577011088_24927828193577744_405755972307 どたいむ de ライブ 秋の陣」の最終調整のため、裏庭に籠る予定。

| | | コメント (0)

Romantic Nobu & マーチン古池ライブ

先週の金曜日、ティー・ルーム・ジュンでのライブの記録です。
昭和の薫りただよう喫茶店で演者も昭和ならお客様もまた昭和。
マスター・じゅんさんの言葉を借りれば「しっとりおちついた、大人の雰囲気のライブ」となりました。
ライブのスタイルはまずはNobuさんが2曲歌い、それに対するアンサーソングのような形で僕が2曲歌うというのをくりかえしていくものです。
いわば「かけあいライブ」。
Nobuさんが弾き語る時は僕がサポート演奏にまわり、僕が歌うときはNobuさんがサポートしてくれます。
そして全編通して泉水さんがベースでひきしめる。
泉水さんのベースがまたやさしい響き。
ひきしめるというよりはくるんでくれるといった方が正しいかな。
こういうスタイルでやるライブは初めてでしたが、なかなかおもしろいものでした。
おしゃべりのやりとりもみな同年代ということもあり(僕がちょっとだけ後輩)、打てば響くという感じがたまらない。
お客様も皆同年代、そのやりとりがそのままツボにはまっていく。
終始笑顔の絶えない良いライブになったと思います。
演奏した歌は次の通り。
.
[1部]
①Moon River (Nobuさん)
②いつでも夢を(Nobuさん)
③Moonbow (マーチン古池)
④僕の星まで (マーチン古池)
⑤黄昏のビギン (Nobuさん)
⑥たそがれマイラブ (Nobuさん)
⑦シルエット・ロマンス (マーチン古池)
⑧恋しくて (マーチン古池)
[2部]
①Blue Moon (Nobuさん)
②星降る街角 (Nobuさん)
③テネシー・ムーン (マーチン古池)
④星のフラメンコ (マーチン古池)
⑤ウィスキーがお好き (Nobuさん)
⑥酒と薔薇の日々 (Nobuさん)
⑦酒と泪と男と女 (マーチン古池)
⑧いい塩梅の田舎で暮らそう (マーチン古池)
⑨ずっと好きだった (アンコール)
⑩故郷に帰りたい ー北海道編ー (勝手にアンコール)
.
Nobuさんのやさしい歌声と的確なギターさばき。
泉水さんの包容力あるベース
お二人は普段はRomantic Bandのメンバーとして活躍されている。
お二人の奏でる音にノセられて、気持ちよく演らせていただきました。
また近々3人でライブがやれたらいいな。
「Three Zizis」なんて名前でね。
2025_10_31romantic-nobu1

| | | コメント (0)

ルーチェマイク録りライブ その2 ステージワーク


今回のステージも皆さんの笑顔のおかげで、楽しく進めることが出来た。

オープンマイクは各自の持ち時間が20分と限られている。
通常のライブでは種をまいてゆっくり地ならししながら少しずつ時間空間を共有していくことが出来る。
大まかなテーマとゆるやかな起承転結、そして時々の道草で構成している。
そのために大切なのがお客様とのおしゃべりややりとり。
これがが僕のライブの生命線と思っている。

オープンマイクでは残念ながらその余裕がない。
でも長年の習性でステージにストーリー性を持たせなければ気が済まないたち。

今回のテーマは「若き日の放浪と望郷の念」。
北海道から津軽海峡を渡って内地にやってきた。
そこから始まる放浪の旅。
旅のさなかでくりかえす挫折のあれこれ。
時に望郷の思いが心を支配する日々。

若き日のあれこれを下敷きにして歌を選んだ。
曲調はカントリー風にそろえた。

  ①一本の樹 (ご挨拶の一曲)
  ②どうにかなるさ (起)
  ③テネシームーン (承)
  ④I'll Hold You In My Heart  (転)
  ⑤故郷に帰りたい~Take Me Home Country Roads (結)

20分のミニドラマが聴き手に伝わったかどうかは分からない。
でも演ずる者としてステージにストーリーや整合性がなければどうにも気持ちが悪いんだ。

おかげさまで皆さんあたたかい目で見てくださったようだ。
みなさん笑顔を返してくださり、ほっとした。

****************************

オープンマイク。
「諸般の事情」で僕はめったに参加することがない。
ライブのほとんどはソロかツーマン・ジョイントライブ。
だから、時々参加させていただくオープンマイクはとても刺激になる。

今回も皆さんそれぞれのステージを存分に楽しませてもらった。
それぞれの指向性(嗜好性)、ステージスタイル、トークの仕方。
そういうことにおおいに刺激を受け、勉強させてもらった。

お声をかけてくれた中谷さんはじめ、出演された皆さん、そして静かに見守ってくださったルーチェのマスターに感謝だ。

みなさん、ありがとうございます。
またお会いする機会があったら仲良くしてくださいね。

| | | コメント (0)

ルーチェマイク録りライブ その1 セッテイング

中谷さんが企画されているオープンマイク形式のライブに参加させていただいた。
このライブの肝はギターの音をコンデンサーマイクで拾って演奏するというものだ。
最近のライブ等ではラインを通して音を拡声するやり方が一般的。ラインで入力された音を電気的に音質変換させることも多い。
そんな流れに対して中谷さんはラインを使用せず、ギターの出音(空気振動)をコンデンサーマイクで拾い、生音をより自然に近い形で出すことをめざされた。
いわば「生音回帰」。
僕はその試みに共感し出演させてもらうことにした。
中谷さんのセッティングはギターのサウンドホールから約40~50センチのところにコンデンサーマイクを立てている。
つまりその距離での空気振動を拾っている。
ボーカルマイクもコンデンサーマイクで拾う。
ギターとボーカルの音量バランスをPA装置(ミキサー)で中谷さんが調整するというやり方だった。
出演者のボーカル、ギターに合わせて、曲ごとに細かく音量バランスをとる。
なかなか大変なことではあるが、中谷さんは長年の音楽経験の中で培われた耳でいい塩梅に調整してくれた。
出演者それぞれの演奏がより自然に近い音で再現され、気持ちの良い空間となった。
.
僕は日常の演奏での基本スタンスは肉声と生音ギターがメイン。
誇張されない自然な音は演ずる側にも聴く側にも最も心地よいと思うからだ。
演奏する場所の反響やお客様の人数に合わせて歌い方やギターの弾き方を微調整するというのが自分のスタイル。
時々参加させてもらうオープンマイクでもこのスタイルでやってきた。
また広い場所や大人数、他の人とのコラボレーションライブではコンデンサーマイクを1本立て、ギターとボーカルを同時に拾うやり方でやってきた。
この場合マイク位置を低めに設定し、約1メートル先の音を拾う。ギターとボーカルが上手く重なりあう距離が1メートルくらいと感じる。
今回は「皆同じ条件で演奏する」という中谷さんの意向で「中谷セッティング」で演奏した。
当初、ボーカルのマイク録りはメリハリを効かせるのが難しいかなと思っていた。
僕は抑えて歌う部分と声を張る部分の(ピアニシモとフォルテシモ)の差が大きい。目の前にマイクがあると気持ちにブレーキがかかり歌が平板になってしまいそうな気がしていた。
でも中谷さんのPAワークに助けられ、思うほど気持ちにブレーキがかからず歌うことができた。
スピーカーから流れる自分の音もより自然なものに感じられた。
普段はやらない形での演奏をさせてもらった。
多くのことを感じさせてもらい、多くを学ばせてもらった。
声をかけてくれた中谷さんに感謝だ。
今週の金曜日にティー・ルーム・ジュンでRomantic Nobuさんとツーマンかけあいライブをやる。
マイクセッティングでおおいに参考にさせてもらえそうだ。

| | | コメント (0)

ゆるゆるセッションに参加して

アイリッシュのセッション。
僕には相当に敷居の高いセッションだ。
僕の知るアイリッシュ・セッションはハイスピードで延々と演奏をくり広げる。
参加者は高度な演奏技術で安定的に奏で続ける。
アイリッシュには様々な形式やリズムがあり相当に奥深いジャンルだ。
そこに加わるには相当の知識と経験が必要だと思う。
僕はアイリッシュの曲すらよく知らない。知っていても有名どころの、それもメロディラインだけ。
参加するにはあまりにもハードルが高すぎる。
「ゆるゆるセッション」の課題曲も知らない歌ばかりだった。
でもそこは「ゆるゆる」。
今できることを一生懸命やって、楽しもうというのが趣旨。
僕のようなアイリッシュ音痴でも参加させてもらえるのがありがたい。
事前に頂戴していた楽譜と音源を頼りになんとなく感じをつかんでの下調べで参加させてもらった。
あとは現場で皆さんの演奏する音から得られるインスピレーションを膨らませながら演奏。
ちゃんとアイリッシュをやっている人から見れば邪道中の邪道だろう。
それでも音楽として成立すれば良しというスタンスで弾かせていただいた。
アイリッシュ音楽には麻薬的な魅力がある。
同じ旋律を何度も何度もくりかえし弾くうちに一種のトランス状態になる。「ピッカーズ・ハイ」だ。
休憩をはさんで3時間、ハイな状態で弾くうちに抜けられなくなる。
セッション終了後には早くも次回が待ち遠しくなる。
普段僕はソロの弾き語りスタイルでやっている。
この場合、自分ひとりで組み立て、演奏し、完結させなければならない。
つまりは主役は自分自身。
ゆるゆるセッションのいいところは参加者全員が主役で脇役ってところだ。
自我を捨てひたすら演奏に集中し、演奏の輪の一駒になる。
そこに快感を覚えるんだろうな。
企画・進行してくれた順子さん、ありがとうございます。
参加された皆さん、ありがとうございます。
また次回。お会いしましょう。

| | | コメント (0)

第19回 Live in 清津峡

心配されたお天気。近づく台風、そぼふる小雨。
観客席に張られた巨大なシートが雨を防いでくれる。
壁を外せばステージに早変わりのバンガローで快適に演奏。
「電気もガスもない」清津峡キャンプ場。
音響装置も照明用ライトもないライブ会場。
ステージ用バンガローが音を集め、まわりの木々にこだまする自然のリバーブ。
ステージ天井に吊られたいくつかのランプがステージを照らす。
長年使い回してきた「Live in 清津峡」の旗には「第19回」と記されている。
一から十までまったく手作りの「Live in 清津峡」が今年も無事に開催された。
闇に浮かぶ観客席の人たちをぼんやり見ながら、感無量だった。
思えばたった二人の出演者とたった四人のオーディエンスでこじんまりと始まったLive in 清津峡。
この時二才だった管理人一家の萌ちゃんが今はいい娘に成長し、彼氏を連れて参加してくれた。
まだ四十代でパワーのかたまりだった僕も、今は七十の峠をとうに越えてしまった。
次回も大荷物とギターをかかえてキャンプ場への山道を歩けるか。昨今はそんな不安をかかえながらの参加となっている。
でも来年は「第20回」の記念すべきLive in 清津峡。
なんとしてもこの目で見届けなければ。
そう心に誓う今年の「第19回 Live in 清津峡」だった。
2025_10_1119live-in-71
2025_10_1119live-in-67
2025_10_1119live-in-16
2025_10_1119live-in-14
2025_10_1119live-in-8
【第1回 清津峡コンサートの記録】
たった二人の出演者、たった四人のオーディエンスで始まった「第1回 Live in 清津峡」の記録です。
【Live in 清津峡のあゆみ】
2016年にしたためた「Live in 清津峡のあゆみ」。
この後も10年近く続けてこれたことを思えば感無量にもなるってもんです。

| | | コメント (0)

«信頼・友愛・連帯のライブ