2017.05.14

朝市コンサート 13年目のスタートの教訓

2017051313

気がつくと本日で13年目を迎えた「朝市コンサート」。

あっという間だったような、とてつもなく長い道のりだったような。。。

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昨夜から咳が止まらず、体調は今ひとつだった。

演奏中は咳に悩まされることはなかったが、声が鼻の奥にたまり抜けていかない。
無理に声を出そうとするから声がかたくなりぶつぎれになってしまう。

意識が声に行っているからギターの音もなんとなく耳に入ってこない。
知らずのうちに力が入り、ピッキングが雑な感じになってしまう。

普段なら歌もギターも自分の中から波動のように外に広がって出ていくイメージ。
ところが今朝は自分の中に音がとどまったまま、外に向かっていかない感が強い。

はた目には問題なく聞こえているとは思う。少なくとも演奏は破たんしていないと思う。

でも自分の中では「うまくいかない感」が渦まいている。

それはライブ・音楽会成功の成否は僕の場合「場の空気に同化できたか否か」が大きな要素になっているからだと思う。

ギターや歌全体としての音とそれにのせる自分の「気分」がうまく外に出せていない。
自分の中にとどまっているという感じ。
なんとかしようとつい力み空回りをしてしまう自家撞着。

こんな状態で「場の空気に同化する」など問題外。
つまりそれは敗北を意味する。
おのれをコントロールできなかった自分に対する敗北。

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長めの休憩をとり2部では多少修正できた。

でも全体としては「?」な本日の「朝市コンサート」だった。

.救ってくれたのは友人・松本さんの登場だった。

早めに終了し、撤収作業をしているところに彼はやってきた。

せっかく遠路足を運んでくれたのだ。急きょ2曲追加して歌う。

「万里の河」と「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」をアップテンポで。

気持ちがノッた。

それまでのもやもや感は消え、爽快に歌い飛ばすことができた。

おかげで感じていた「敗北感」から脱出することができた。

「終わりよければ・・・」だ。

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うまくいかなかった理由はなにか?

多分その時の状態を正しく把握できなかったことだろう。

不調なのは明らか。なのに普段通りのアプローチに終始してしまった。

不調に気づいたらその段階で気持ちも演奏のアプローチも切り替えるべきだった。

「その時にできる最大限をやる」

いいかえると「その時できないことはやらない」ということだ。

この切り替えができていれば、選曲もアレンジや演奏のアプローチも変わってきただろう。

たとえ演奏の質は普段には及ばなかったとしても、自分の中では整理され納得できている。

だから音も気分も外に向かって発信できるはずだ。

そうなって初めて「場との同化」につながる。

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松本さんが来てくれてから歌った2曲。

これは外に向かっていた。

ターゲットが不特定多数ではなく、松本さんただひとりに絞られたから。

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市場での演奏、それは不特定多数が常態だ。

ターゲットを絞れない市場での演奏の難しさ。

通常の状態ならなんなく対応できる。
そうじゃない時でもその時々の自分を把握し、切り替えていく柔軟性の大切さ。

13年目を迎え、なお生まれいずるあらたなる課題。

いい教訓を得ることができた。

そんな13回目の一里塚が本日の「朝市コンサート」だった。

【関連記事】

→ 一昨年、10年目の記録。朝市コンサートが始まったころの経緯なども含めて

→ カテゴリ : 「朝市コンサート」

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2017.05.11

2017年05月 ライブ・コンサート予定

15月03日(水)  ライブ at アシベ

  ★茨城県のアシベでブッキングライブでした。(終了)

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05月13 日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

   ★越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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05月13日(土)  歌おう! 弾こう! うたごえフォークソング

時 間    14:00~17:00
場 所    Live cafe おーるどたいむ
         司会&伴奏 Martin古池

いい演奏を聴くのも音楽の楽しみ
好きな歌を歌うこともまた音楽の楽しみ
歌いたい人も楽器で参加の人も一緒に楽しくやりましょう!.

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05月14日(日)  東日本大震災チャリティ・ライブ 

時 間   13:00~18:00
場 所   あずましい 相模大野

★友人・つー吉さん主催のチャリティライブ。
今回も出演いたします。

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05月18日(木)  函館旭が丘の家 特養コンサート

  ★調整中です。特別養護老人ホームで今風邪が大流行とか
   (前回はインフルエンザだった)
   当日の様子を見て判断予定です

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05月19日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

 ★北海道帰省のため今月はお休みです。
  もしかしたら、翌週26日(金)に突然やるかも・・・?

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05月27 日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

   ★越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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2017.05.04

ライブ at アシベ

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古くからの音楽友達ゆんぴょうに誘われて、茨城県猿島のライブバー・アシベに遠征。

久しぶりに5組のブッキングライブ。

パンクロック・バンド、ARBカバー・バンド(ゆんぴょうの所属するバンド)、そして弾き語り3人という出演者だった。

あらかじめゆんぴょうから課されたテーマがあった。

完全生音ライブでやってください
大暴れして、ラインなし、マイクなしでも
ガッツリいけるってことを見せつけてください

なんとまぁ、無茶な宿題を!

パンクロックの爆音に生音が対抗できるはずないじゃないか。

内心そう思ったが、対抗なんかしなきゃいいわけで。

爆音と爆音のはざまで存在感は充分に出せるはずだと思い直した。

アシベには10年ほど前にゆんぴょうのライブを観に行ったことがあり、なんとなく店のイメージはあった。

けっこう広めのスペースではあるが、生音でも充分いける造りだった。

問題はそこに居合わせたお客さんといかに早くキャッチボールができる雰囲気を作れるかだ。

これさえできればたとえピアニシモの音でも充分に伝わっていくものだ。

おそらくゆんぴょうが一番見たかったものはそれだろう。

完全アウェイの状況で僕が「畑を耕して」いく様子をみたいと思ったんだろう。
(ちなみにゆんぴょうの生業はお百姓さん)

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店内には茨城弁が飛び交っていた。

出演者たちは皆面識があり地元民の様子。

自分が演奏をしないのであれば、ローカルな雰囲気のライブバーは好き。

でも演奏する立場だと僕はよそ者感たっぷりのまさに完全アウェイこの上なし。

5組のリハを終えお店のマスターも出演順序に頭を悩ませた様子。

弾き語りの他の二人はラインどり、マイク使用。

それも低音を思いっきりブーストさせ、たっぷりリバーブを効かせる設定。
(お二人ともギターがとてもうまい。でもせっかくのギブソンJ45やギルドがもったいないなと、つい思ってしまうのは僕の悪いクセ)

完全生音は僕だけ。

結局僕がトップバッターで続いてギルドの兄さんが2番手。3番手にパンクロックバンドが入り、4番手はJ45の兄さん。最後はゆんぴょうたちARBバンドとなった。

まあ、順当ではあるかな。

マスターにしてみれば海のものとも山のものとも分からぬ僕が生音でやるってんだから安全な位置に置いておくしかないだろう。

スタート直前に「持ち時間は20分から30分の間です」と念押しもされてしまった。

そういわれるとこちらにも意地がある。ジャスト30分で仕上げてみせようと臨んだ。
(ライブの進行を見ていて思ったのだが、他の出演者も同様の時間制約がある中で平気で40分ほどやっている。マスターは新参者にくぎを刺し保険をかけざるをえなかったんだろう)

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僕のステージは目に見えないそんな緊張感の中でスタートした。

オープニングは「僕の星から」。

客席をみまわしながら歌ううちに視線が絡み合い始める。

最後の方には手拍子も出てきて入りとしてはまずまずの手応え。

「ごあいさつ」でお客さんに直接話しかける。距離は一気につまった感じ。

ややアップテンポで「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」。

曲調とテンポの良さで手拍子ももらいいい感じで歌いきる。

ここまで距離が詰まればもう大丈夫。

カントリー・バラードを3曲続ける。

「テネシー・ムーン」~「I'll Hold You In My Heart」~「Crazy」

故郷を捨てて旅に出たけれど、いつも思うのは残してきた好きだったあの子。

こんな小さなテーマをもぐりこませる。

エンディングは「Lonly Togethr」

そして「勝手にアンコール」として「ありのままに」でしめた。

時間はジャスト30分!。。。ざまぁみろ(笑)

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ゆんぴょうから出された宿題はなんとかできたかなっという感じのステージだった。

実はこのライブの3日前里芋の芽をとっていて包丁で左中指の先端をざっくり切ってしまった。

水絆創膏を傷口に塗りこんで臨んだが、リハの段階では痛みで満足に弦を押さえられなかった。(マスターが不安に感じたのも無理はない)

ピンチだった。

不思議なもので本番が始まった瞬間バチッとスイッチが入る音が聞こえた。

痛さを感じてるどこじゃないよてなもんで、最後まで走り切れた。

アドレナリン沸騰ってヤツなんだろうな。

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トップバッターのいいところは、そのあとゆっくり他の出演者の演奏を楽しめるところ。

演奏を聴きながらそれぞれの出演者の背景などを想像しながらゆっくりすることができた。

興味を持ってくれた何人もの方に声をかけられ話をすることもできた。

うれしかったのはパンクバンドのギタリスト・ノロさん。

なんと函館出身で隣町の住吉町だったそうだ。
おとなりの谷地頭小学校に3年生までいたそうだ。
僕より2つ年下だから、そのまま残っていたら潮見中学校に同時期に時を過ごすことになっていたはず。
ノロさんはギターシンセを駆使し、興味深い演奏をしていた。

安心した(?)マスターとも帰りしないろいろ話をした。

古池さんはビートルズはやらないの?
ところどころにビートルズ的な音使いを感じるんだけど。
さりげなくディミニッシュをいれたりね

いやいや、僕のはジミディッシュ
マスター同様僕もリアルタイムでビートルズを聴いた世代だけど
僕にとってのビートルズは真空管ラジオから流れた音
それがすべてなんです
とてもおそれ多くて
自分がカバーして自分の中のビートルズを壊しちゃいけない
そんな思いがあるんです

でも影響は大きいみたいですね
随所にそんなにおいを感じましたよ
また声をかけさせてもらいますんで
ぜひ出演してください
その時も生音でね

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アシベにアウェイ感は消えていた。.

ライブの模様→https://youtu.be/MUE1Vs8RXkY

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2017.04.30

【記録】 おーるどたいむ de ライブ 2017年春の陣 with ツカサ

これまで何年も続けてきた「おーるどたいむ de ライブ」に初めて平成生まれのゲストプレーヤー登場。

清津の若武者・ツカサ。

De20174

ツカサが中学2年の時に清津峡キャンプ場で初めてであった。

「Live in 清津峡」だった。

嬉々としてギターに興じるおっさん、おばさんたちを目にしてギターを始めたツカサ。

以降秋の「Live in 清津峡」や年明け「Againライブ」で競演しながら成長を眺めてきた。

雨後のたけのこのように力をつけてきたツカサと「おーるどたいむ」で共演するのを楽しみにしていた。

De201711

透き通った透明な歌声、繊細なギターワーク、さわやかな笑顔。

新鮮で気持ちのいいステージを展開してくれた。

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1部が終了しての休憩時間にツカサと話していて驚くべき事実が判明した。

このお店、ブルーグラスのお店なんですね
僕のおじもブルーグラスのバンドでマンドリン弾いてるんです

彼の口から「ブルーグラス」って言葉を聞いたのは初めてで驚いて聞くとなんと「JELLY FISH」のマンドリン弾き・石坂研介さんだという。

おーるどたいむでも何度も演奏しているベテランマンドリン弾き。

その話をマスターやママさんに話すとびっくり、一同大興奮。

10年つきあってきて今日初めて知った事実。

驚きと興奮を引きずったまま2部に突入。

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De20173

僕が歌い始めたのはツカサと同じ中学2年生。

反戦・プロテストフォーク全盛の頃だった。

70年安保闘争やベトナム反戦運動を時代背景に
「歌で世の中が変えられるんじゃないか」

そんな熱病のような空気があった。

やがて70年安保闘争の敗北、ベトナム反戦運動の終息のなかで「社会派フォーク」も下火になっていく。

そんな流れの中で僕は自分の歌うべき歌は何かともがいていた。

「20年目の少年」

「シークレット」

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一方で北海道から東京に出てきた僕は3畳一間の学生下宿で1年を過ごしていた。

当時の学生のご多分に漏れず、腹をすかせながらわびしい貧乏生活をしていた。

神田川

悲しい気持ちで

De201714

それがツカサと同じ年頃の僕の毎日だった。

少々屈折した、決して明るいとは言えぬ時代は30歳ごろまで続いた。

そんな時代に別れを告げたきっかけは子供たちの誕生だった。

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暮らしに根差した歌を歌いたい。

社会的な歌もまた暮らしの中から生まれてくるものだろう。

そんな思いで僕は自分なりの羅針盤を作った。

人のなにげない営み、家族の歴史そんなことが大きなテーマになっていった。

De201713

この日、孫の奏吾(2歳半)が初めてライブに連れられてやってきた。

ジイチャンになった僕はこれまで「家族」の守備範囲は自分の両親と自分と子供たちだった。

孫ができることでその守備範囲が自分のじいさん、ばあさんから始まり孫にいたるまでの五代に広がった。

家族の歴史が一直線で見通せるようになった。

「夢」

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平成生まれのツカサをゲストに迎えた今回のライブ。

自分の歌の足跡をたどる試みになった。

45年の歩みを1ステージに詰め込むことはできないが、大きな流れだけでもさらうことができて良かったと思う。

夏草のように

ありのままに

Hony Power

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部活・虎の穴で1曲インスト。今回マッスーはお休み。あいちゃんのハープ初登場

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エンディングテーマの「さよならが云えない」。名ブルーグラッサー研さんの甥っ子ツカサも参加

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さくら

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反省点がいくつかある。

演奏の質が今ひとつだったこと。

トークが長くステージの時間が長引いてしまったこと。

「壮大なテーマ」に挑んだだけに、もっと余分なものをそぎ落とすべきだった。

テーマに沿った新曲が多かった。
そのため納得のいくところまで仕上げきれていなかった。

今後の大きな課題として残った。

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次の「おーるどたいむ de ライブは8月」。

7~8年前、一緒にやっていたちさこちゃんをゲストにお迎えする。

何曲かは一緒に歌おうと思っている。

今から楽しみだ。

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今回ゲストのツカサと次回ゲストのちさこちゃん

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2017.04.29

【あらためてお知らせ】 「おーるどたいむ de ライブ 2017年春の陣」

明日に迫った「おーるどたいむ de ライブ 2017年春の陣」

昭和の日にお届けするこのライブ。...
平成生まれの若武者・ツカサと、昭和の香りプンプンオヤジのMartin古池がお届けする世代間競演ライブ。

僕がツカサの年頃に何を聴き、何を歌っていたのか。
それは今にどうつながってゆくのか。
ふたを開けてみなければわからぬ楽しみが・・・。

時間 : 4月29日(土)14:00開場 14:30頃開演
場所 : Live cafe おーるどたいむ
      東武スカイツリーライン 北越谷駅東口
      徒歩10分
      越谷郵便局の目の前
出演 : 1部 ツカサ : 2部 Martin古池と仲間たち
木戸銭: 1000円(ご飲食をお願いいたします)

みなさまのおこしをお待ち申し上げます。

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2017.04.26

父と子

先日、初めて孫・奏吾と二人きりで1日を過ごした。

孫との接し方、僕はそれまでは一歩引いたところにいた。
いいじいちゃんを演じていたともいえる。

...

ところが二人きりだとそうもいかない。
真正面から向き合う必要があり、そうである以上は甘い顔ばかりもしていられない。
「過激」に遊びまわり、時に叱る。
かつて自分が子供たちに接していたやり方が顔をのぞかす。

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子供たちが小学生まで、僕は親父の趣味嗜好を彼らに押しつけてきた。
サッカーしかり、山登りしかり、自転車しかり、そして音楽しかりだ。
過激に遊びまわった。
子供たちにしてみると楽しいひと時ばかりではなく、苦痛なこともあったろう。

同じ屋根の下で暮らしていたからこそできたことだ。

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孫は「スープの冷めない距離」に住んではいるが、別のかまどで暮らしている。
彼に僕のやり方で接するのはなんとなく気が引ける。
それは自分の子供たちには責任を持つ立場だったが、孫には責任を持てない立場だからかもしれない。

これが孫に対して一歩ひいた場所から接してきたワケかもしれない。

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僕の父もそうだった。
札幌と越谷、年に1回会えるかどうかというほど離れていたから余計そうだろう。
父は孫たちを可愛がってくれたが、やはり距離を置いていたのが僕にはわかった。
おそらく責任ある立場の親たる僕に対する配慮があったと思う。
子を諭すのは、そして子を叱るのは親の役目だから。
子を諭す僕を見つめながら、満足そうに笑っていた。

  30年前に俺がおまえにしてきたことを
  おまえが今時分の子供たちにしているのだよ

そう言いたげな顔だった。

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1日孫と向き合った晩、息子一家と食事をした。
僕はじいちゃんの顔と同時によみがえったオヤジの顔をにじませていたと思う。
回転寿司屋で食事をしながら、少しワルサした奏吾。

間髪を入れずに

  それはダメだっ!

と言った息子と僕。

同時に同じ口調で叱った息子と僕だった。
何ともおかしかった。

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2017.04.19

【感謝】 63回目の春を通過することができました

昨日、63回目の誕生日を迎えることができました。
思いもよらぬほどたくさんの方々からメッセージをいただきました。

忙しさにかまけて日頃不義理の極みを尽くしている自分にとりそれはありがたく、心あたたまるメッセージの数々でした。
心より御礼申し上げます。...
ありがとうございます。

「この日を迎えられる有難さ」を年々深く感じるようになっています。
特別なことがあった1年というわけではないけれど、
道草・寄り道を重ねながら歩いてきた日々をまた積み重ねることができたうれしさ。
明日からもまた歩いていける喜び。

たくさんの方々とのかかわりの中で、そういう日々はささえられているんだとあらためて感じています。

目的のある旅ではない、旅するための旅。
大切に生きれば充分に長い人生の旅路を
また一歩踏み出そうと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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     あすなろの歌

   
   雪よ 岩よ 雲よ
   川よ 谷よ 樹木よ
   長い道程を君は 
   歩いてきたんだね
   おもいだしておくれよ
   さまよい歩いた日々を
   ザックに夢をつめて
   はるか山の彼方
   あすなろ あすなろ 心の旅人
   あすなろ あすなろ 心の故郷

   風よ 鳥よ 空よ
   水よ 露よ 朝日よ
   いつまでこの道を君は
   歩き続けるのか
   何を求めて行くのか
   何かがそこにあるのか
   旅するための旅を
   また始めるのだろう
   あすなろ あすなろ 心の旅人
   あすなろ あすなろ 心の故郷

             (Martin古池雅彦)
   

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2017.04.07

昭和49年の冬。

僕は駒場の三畳間で寝袋にくるまっていた。
枕元のテーブルがわりのミカン箱には秋葉原で買ったばかりのラジカセ。
パンとラーメンで
パンとラーメンで
毎日でパンとラーメンで
ああ まっぴらさ
おいらの持ってる金じゃ
おいらの持ってる金じゃ
電車賃高くて出られない
ああ まっぴらさ
だけど おいらにゃ足がある
だけど おいらにゃ足がある
どこでも行かれる 足がある
ああ まっぴらさ
いくら歩いても
いくら歩いても
悲しい気持ちは かわらない
ああ まっぴらさ
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くりかえし聴いていた加川良のアルバム「教訓Ⅰ」。
大学の社問研(社会問題研究会)の2級先輩の一条さんに録音してもらったテープだった。
(一条さんは釧路出身で同じ道産子の僕をかわいがってくれた)
どの歌も好きだったが、この「悲しい気持ちで」は身につまされる歌だった。
まるで自分のことを歌ってるように感じられた。
それほど暮らしは困窮していた。
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親元を離れて半年を過ぎ、授業と授業外の「社会勉強」とそしてアルバイトにあけくれていた。
時間が惜しかったんでアルバイトは最低限に抑えていた。
結果いつも財布は薄っぺらで、胃袋もまた薄っぺらだった。
目先の金に困り、せっかく買った定期も月半ばには解約するなんてことを繰り返していた。
朝、駒場の学生下宿を出て歩いて渋谷に出る。
渋谷のデパートの食品売り場の試食で腹を満たし、白山の大学まで歩く。
片道2時間は歩いていたように思う。
自然と口ずさむ「悲しい気持ちで」。
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学校では専攻の国文学の授業は全く熱心ではなく、地下の社会問題研究会部室に入りびたっていた。
大真面目で社会学やマルクス経済学の本を読みふけり、疲れるとギターもって地上にはいずりだして歌っていた。
アルバイトはいろいろやったがほとんどが食べ物関係だった。
残り物にありつける魅力的なアルバイトだった。
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当時は僕のようなアルバイト学生は結構たくさんいた。
だから人と比べてとりわけ素寒貧を嘆くこともなかった。
とはいえ慢性的な空腹感だけはいかんともしがたかった。
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一方で100%親のすねをかじり車を乗り回し、ガールハントにうつつを抜かすようなイヤァナやつもまた増えてきていた。
そういうやつらに限ってフォークソングクラブなどでチャラチャラした歌を歌っていた。
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若かった僕はそんな連中に敵愾心を燃やし、彼らに象徴される富に資本主義の矛盾を見た。
彼らが切なそうな顔をして「神田川」なんかを歌おうもんなら、闘争心がむくむくと頭をもたげてきていた。
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親元でぬくぬくやってるオメらに
三畳ひと間の小さな下宿の悲哀なんて
わかるはずがねえべや!
だいたい男と女が三畳間に同棲なんてできるわけねえべや!
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昭和49年=1974年ごろ。
70年安保闘争が終息し、ベトナム反戦運動も勢いをなくしてしまったころ。
ひとつの時代が角を回り次の時代に移行する過渡期だったのかもしれない。
若者の向こう見ずな正義感に支えられていた社会運動から、個々の暮らしに個人主義的な風潮への転換点と過渡期。
マクロな視点では若者たちは2極化した。(しらけ世代という言葉に象徴されもした)
ミクロな視点では生き方の指向が細分化し始めていた。
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当時の僕には「神田川」や「赤ちょうちん」よりも「悲しい気持ちで」の方がはるかにしっくり来ていた。
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「悲しい気持ちで」のおさめられた加川良のアルバム「教訓Ⅰ」。
久しぶりに針を落とした。
加川良のレコードで今手元に残ってるのはこいつだけだ。
取り立てて加川良の影響うぃうけたわけではないけれど、アルバム「教訓Ⅰ」だけは生涯手放せないレコード。
いわば僕にとっての「青春の墓標」だ。
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僕の「二十歳の原点」につきあってくれた加川良さんの死を悼みます。

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2017.04.06

「さんすまいる・マーチン古池コンサート」

 

Photo

今回が19回目になるそうだ。
隔月、年に6回だから4年目に入るわけだ。
もうそんなになるかというのが実感。

...

最初の1年半ほどは「マーチン古池の歌謡ショー」という音楽会だった。
ご老人たちとのおしゃべりを通して僕が一方的に歌うという形だった。
皆さんしっかり耳を傾けてくださり、それはそれで楽しんでいただけたとは思う。
いわゆる「井戸端コンサート」だった。

いつの頃からか、僕の歌に合わせて皆さん口ずさんでくれるようになった。
ならばと、さらに水を向けるようにした。
どんどん一緒に歌ってくださるようになった。

音楽会は聴くだけのものではない。
自らが参加し歌うことで真に音を楽しむ会になるということを学んだ。
当たり前のことなんだが、演者の側に立つと案外気がつかないものだ。

回を重ねるに従い音楽会の性格が歌声音楽会として定着していった。
歌集もでき、その内容は毎回充実していく。
キーも僕のキーではなくご老人が無理なく歌えるキーに変わってきた。

ほぼ完全なる相互通行のひとときになって久しい。
「井戸端コンサート」から「井戸端ライブ」に変貌した。
僕の役割も歌い手から水先案内人に変わった。
こういう音楽会が本当に楽しく、ありがたい。

おそらくデイサービスという比較的若く元気なご老人たちだからこそなんだと思う。

これがさらに高い年齢層の、そして多くの病気を抱え、介助の欠かせない特別養護老人ホームではどうか。
おそらく同じような井戸端ライブは成立しにくい。

毎年数回やっている函館の特養「旭ヶ丘の家」では、歌謡ショーというスタイルだ。
デイサービスと特養での演奏の違いについてはまたいずれしたためるつもり。

4年目に足を踏み入れた今日の歌声音楽会。
楽しく、おかしく、気持ちよく進めることができた。

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2017.03.31

2017年 04月 ライブ・コンサート予定

04月01日(土)  さんすまいるコンサート

時 間    10:00~11:00
場 所    デイサービス さんすまいる

2か月ごとにやっている地元越谷・蒲生の老人施設での歌声音楽会。
人生の先輩方とくりひろげる歌声音楽会は実に楽しい。
この場所で、この方々とでしか歌わない歌がめじろおし。

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04月08 日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

   ★越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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04月08日(土)  歌おう! 弾こう! うたごえフォークソング

時 間    14:00~17:00
場 所    Live cafe おーるどたいむ
         司会&伴奏 Martin古池

同じ歌声音楽会でもこちらは同年代の方々が。
時代を共有できる方々との音楽もまた楽し。

いい演奏を聴くのも音楽の楽しみ
好きな歌を歌うこともまた音楽の楽しみ
歌いたい人も楽器で参加の人も一緒に楽しくやりましょう!

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04月21日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

時 間   20:30~23:30
場 所   「お好み焼きの三貴」
         東武スカイツリーライン 新越谷(東口)
         武蔵野線 南越谷(南口)
          各徒歩5分
        地 図   

お好み焼を焼きながら、もんじゃをつつきながら、
そしてビールでオダを上げながら
にぎやかこの上ないライブ。

Photo

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04月22 日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

   ★越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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04月29日(土)  おーるどたいむ de ライブ with my friends 2017春

時 間    14:30 開場   15:00 開演
場 所     Live cafe おーるどたいむ
          東武スカイツリーライン 北越谷駅 東口 徒歩10分ちょい
          越谷郵便局 まんまえ
出 演    1部 清津の若武者・ツカサ  /  2部 Martin古池と仲間たち
木戸銭   1000円(+ご注文をお願いいたします) 

季節ごとにやっているライブです。
毎回ゲストプレーヤーをお呼びしての共演・競演ライブ。
今回は若武者・ツカサをお招きします。
繊細な歌声やギター。
どこまでもさわやかで初々しい歌うたい。
昭和の日に平成生まれのツカサといまだに昭和にどっぷりつかるMartin古池でお届けいたします。

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2017.03.22

【お知らせ】 おーるどたいむ de ライブ with my friends2017年春

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10年前の秋、第3回Live in 清津峡にツカサは現れた。

まだ若干中学2年のサッカー少年だった。

そこで展開された我々おっさんたちのステージの刺激を受け、ギターを始めた。

高校生になり軽音楽部で腕を磨き、あれよあれよという間に育っていった。

以来、Live in 清津峡では欠かせぬ存在となった。

繊細なギターワーク、同じく繊細な歌声。

なによりも楽しそうに歌う笑顔がいい。

そんなツカサが今回のゲストプレーヤー。

時は「昭和の日」。

おもいっきり昭和を引きずるMartin古池と平成生まれのツカサ。

世代を超えたせめぎあいが楽しみだ。

世代間競演。

互いに刺激を受け合いながら楽しいひとときを作れればいいな。

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ツカサ at アゲイン

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Martin古池 at アゲイン

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時 間  4月29日(土) 14:00 開場  14:30 開演
場 所  live cafe おーるどたいむ
        東武スカイツリーライン 北越谷駅(東口 徒歩10分)
        越谷郵便局向かい
        http://oldtimemk.exblog.jp/
出 演  1部 ツカサ  :  2部 Martin古池と部活仲間
木戸銭  \1000 (+ご注文をお願いいたします)

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2017.03.20

影法師 「シークレット」という歌

山形県のフォークグループ影法師の「影法師30」というアルバムを聴いている。

最後の1曲に「シークレット」という歌が入っている。

最初は気がつかなかった。

何しろ1分間の無音の後におもむろに始まるのだから。

聴きながら不覚の涙。

この歌は手さぐりでフォークソングを歌い続けてきた彼らのいわば「独白」。


壁にぶつかり、己が道を手さぐりしながら歌ってきた影法師の「独白」はそのまま僕自身にも重なってくる。


「遠い世界に」あこがれ、「夜明けは近い」と信じた若者が、壁にぶつかり道しるべもないままに手さぐりを続け、今に至っている。

アルバムの最後に1分もの無音の後におさめた意図はわからない。わからないけどここに影法師の決意を感じる。

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シークレット
           影法師

今さらこの道が 
間違っていたなんて 言えるわけがない
あの頃の僕には 道しるべなんて なかったから
何度も何度も 転げながら 
何も見えぬ闇の中を
手さぐりで 歩いて きたんだ
ただ 光さすところにゆきたくて 
そうするしか  なかったんだ  
そうするしか なかったんだ

いつか熱病に 取りつかれたかのように 
身も心も燃やしたことがあった
いつか目の前に 壁がたちはだかり 
ぼうぜんと 立ち尽くしたこともあった
いつかひとりきりの 淋しさに 耐えきれず
膝を抱えて 泣いた こともあった
いつか壊れた 夢のかずかずを 
拾い集め 涙の川に 
流してやったこともあった

今さらこの道を 
ひき返すことなんて できるわけがない
今 ぼくは 道しるべを 
ここに 刻もう
たとえ嵐が 吹き荒れようと 
道しるべ さす方へ 
迷わず 歩いてゆこう
いつか夜明けは やってくるのさ 
これが僕の 道なんだ  
これが僕の道なんだ

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