2018.04.16

ラジオ深夜便再現ライブ 2018年4月

今回はトミ藤山さんの表情の変化を追ってみました。

満面の笑み

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プロの目

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演ずる表情

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そしてやはり満面の笑み

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誰かが僕のことを「顔で歌う」と評してくれました。
僕にとっては最高の褒め言葉です。

そして僕にとっての最高のお手本はやはりこの人。
トミ藤山さん。

トミさんの満面の笑みに、僕などとうていかないません。

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「朝市コンサート」ことはじめ

2005年4月。
初めて越谷市場で歌いました。
今月で14年目に突入。

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毎月2回、なんだかんだと300回近くもこの場で歌ってきた勘定になります。
我ながらよくここまで続けてこれたなと思うことしきり。

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新越谷駅前で「街角ライブ」をやっていた僕に当時の市場の組合長が声をかけてくれたのがきっかけでした。
ためしに1度のつもりが2度になり、2度が3度。気がついたら14年。

市場の組合長自ら声をかけてくれるくらいだから、ちゃんとステージがあってそれなりに音響設備もあって…なんて想像していったのが大間違い。
畳2枚ほどの小さなスペース、ほかにはなにもない。
「はい、ここでやって」と。。。(-_-;)
お膳立てひとつない中にポンと放り込まれたのでした。

当の組合長は忙しい方ですぐに姿をくらまして。。。
まわりのお店からはうさん臭そうな冷たい視線。
まったくの孤立無援。

いやはやこれにはまいりました。
でもむくむくと頭をもたげる反骨精神。
「なにくそっ!」てなもんでアドレナリン沸騰。
(といか半ばやけくそ?)

いざ歌い始めると人も集まり始め、拍手もいただけて。
こうなるとサービス精神全開。
1回こっきりの出血大サービスと思ってるから3時間全力疾走でした。

くたくたになって歌い終えた僕に組合長がひとこと。
「次回はもう少し宣伝してちゃんとやりましょうぜ」

思わず答えてしまいました。
「そうだね。今回で勝手もわかったことだし」

1回のつもりが300回になってしまったうかつな(?)やりとりでした。

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当初は市場にとっても僕にとっても「朝市コンサート」は特別なイベントでした。
でも長い時間をかけ、紆余曲折を経ていつのまにか特別なものから当たり前のものに変わってきました。

毎月第2、第4土曜日の朝。
市場で歌うことは普通の出来事になっています。
市場の人たちだけではなく買い物に来るお客さんにも認知されています。
なにより僕自身がここで歌うことが日常の暮らしの一部になっていることがうれしい。

「市場の風物詩になる」

これが僕の願いです。
そうなるにはまだまだまだまだ時間がかかりそうです。
もしかしたら「見果てぬ夢」でおわるかもしれないけれね。
でも明日は風物詩になろうと夢を見て、修練していくことは張り合いがあり楽しいものです。

また1年、無事に積み上げていきたいと願いつつ、「朝市コンサート」ことはじめを振り返ってみました。

あ、ちなみに「お膳立て」が無い状態は1回目も今も変わることなく続き、それが常態となっているのであります。
でも歌う「場」と「時間」をいただけていることは最高のお膳立てかもしれませんね。

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【第1回目の記録】
http://martinkoike.cocolog-nifty.com/…/20…/04/post_ddde.html

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【朝市コンサート関係記事】
http://martinkoike.cocolog-nifty.com/…/cat7530610/index.html

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2018.04.15

ライブとギターのお話

【ライブとギターの話】

何十年とライブ活動を続けてきた結果、いつの間にかギターの数が増えました。

どのギターもめぐりあいという縁に結ばれたものと思っています。
それぞれに顔があり個性がある。
だから常時2~3本を2ヶ月くらいのペースで順繰りにライブで活躍してもらってます。
このペースで約一年でひとまわり。

とはいえ何本かは常時弾いているギターも何本かあります。いわばレギュラー陣。
レギュラーは演奏する場所によって弾き分けています。

僕の演奏の場は多岐にわたっています。
市場やお好み焼き屋さんをはじめ、喫茶店や老人施設。そして年数回の屋外演奏。加えておーるどたいむのようなライブカフェ。

みな場の環境もお客さんもてんでんばらばら。
曲目の傾向も違います。同じ曲でも歌い方が変わってくる。
それぞれの場に応じてギターの選択も変わります。

例えばだだっ広い市場では音の輪郭のはっきりしたギブソン系のギター。
喧騒のお好み焼き屋さんでは、通常営業中ということもあり落ち着いた音色でかつ音量の大きなギター。(ここではアンプの力を大いに借りています。)

同じ通常営業中ライブでも静かな喫茶店では深い余韻をもつギター。例えばマーチンやノースウッド。

老人施設ではガットなど耳にやさしい音色のギター。

こんな風に弾き分けています。

贅沢な話ではあるけど、自分の中では必要かつ重要なことなんです。

静かな日曜昼下がりの喫茶店でギブソンのジャキジャキした音のストロークで店に流れるまったりした空気を一気に壊すわけにはいきません。ここでは場の空気に自分をなじませるところからスタートさせなきゃならない。空気と同化したところで少しずつお客様を巻き込んでいく。それがここでのスタイル。それには優しい音色で懐の深いギターが必要。

逆にだだっ広い市場の中でしっかり音を届けるには輪郭のはっきりしたギブソンが適しています。奏法もストロークやカーターファミリーピッキングが主体になります。強い伴奏に合わせて唱法も張りのあるものになります。(時にはキーをあげることもある)

このようにてんでんばらばらの環境に適したギターの選択は僕にとってはかなり重要なライブ準備です。言い方を変えれば僕のライブはギター選びからすでに始まってるのかもしれません。

場に合わせたギターを選ぶ
ギターの性格に合わせた選曲
同様にギターに合わせた奏法、唱法の選択
(もっともこれは現場でお客様との間合いを測りながらその場できめることが多いのですが)

長年、特に「不特定多数」の方に歌うことを主眼にしてきたこの15年試行錯誤をしてきた僕のライブの形がここ数年ようやっと形になってきました。演奏の場、経験、そしてギターなどの「道具」。すべての面で恵まれ充実してきました。(あとは技をもっと磨けやっ!)

縁あり僕のところにやってきた相棒たちと、これからも格闘しながら楽しくやっていければいいな。

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2018.04.12

マイ自転車 レッドアロー号 マイナーチェンジ

今シーズン、レッドアロー号で初走り。
昨シーズンはあまり走らなかった。
要因は2つある。

ここ数年苦しんでいる頚椎症。首から肩、背中、そして腰まで背面がガチガチに張っていて痛い。
ロードレーサーのライディングポジションだと苦しくなってくる。

もうひとつは動体視力の低下。
下から見上げるライディングポジションでは動きに目がついていかない。

ついでに言えばレッドアロー号を組んだ35歳の時に比べ身長が1センチ縮んでいる。
筋力も相当衰えている。

早い話が老化が原因。

少々マイナーチェンジした。
ステムをやや短いものに交換して上下逆につけた。これでステムアップ。
ハンドル位置が近くなり、少しだけ上体が起きた。
これだけでずいぶん楽になる。
これ以上やるとペダリングに影響が出る。
長時間走ればお尻も痛くなる。
多分ギリギリの絶妙なポジションだと思う。

実は当初ドロップハンドルをTバーに交換するつもりだった。
ところがハンドルを交換すればブレーキも変速機もすべて交換になる。新車が買える金額になる。

でもレッドアロー号のフレームだけはなんとかして残したかった。
なにしろ30年、日本各地を一緒に旅してきたヤツだ。廃車にするには忍びない。材質のクロモリブテン鋼は「オレはまだまだ充分現役だ」と云っている。
だいいち心血注いで組み上げ、整備をしてくれてたミラノ館の故・木村オーナーに申し訳がたたない。

そこで自転車屋さんのお兄ちゃんに相談にのってもらった。あれこれ絵図を描いてもらい今回のマイナーチェンジになった。しかもかなりの低価格で❗
お兄ちゃんに感謝だ。

長距離を踏むためにはもう少し慣らしが必要。自転車じゃなく自分の身体の慣らしだ。
100キロ走れるまでになった頃に今回のマイナーチェンジの真価が表れるような気がする。

若い頃のようにスピードや距離を追いかける乗り方はもうしない。(したくてもできない)
今の年齢、今の体力をできるだけ維持し、それにみあった乗り方ができればいい。
1年でも長くね。

かくして赤き矢のロードレーサー・レッドアロー号はレッド亜老号に変わっていくのでありました。
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あすなろ山の会・土俵岳お花見山行

あすなろ山の会・土俵岳お花見山行。
毎年4月の今頃、会員たちは土俵岳を目指していろんなコースから登る。
かれこれ50年以上も続いてる恒例の山行だ。
最も若手の僕も参加し始めてもう35年近い。

最初の数年は稜線上を走るように登るスピード登山だった。
次の十年ほどは60リットルザックにテント、食料、水を詰め込んで子連れ山旅だった。
子供たちが成長しそれぞれの道を歩き出してからはギターやケーナが相棒となった。
やがて山の上のミニミニコンサートが定着した。

還暦を過ぎた頃から年々きつくなってきた。
脊柱間狭窄症になってからますますきつくなっている。
今回は最低限の荷物で登った。

しかし最若手としては泣き言も言えない。
先輩たちは長年の山歩きで満身創痍の状態にもかかわらず、毎年登っている。
最長老はすでに齢80をとうに越えている。
大先輩たちの介護担当を自認している以上泣き言は言えん。

きつい登りだったが土俵岳の山頂の心地いい風に癒された。

痛みをだましだまし下ったが山里の景色が心なごませてくれた。

サプライズがあった。
山里に住むご夫婦が、僕らの下山の時間に合わせて山菜の天ぷら、地元の料理を用意し待ちかまえていた。
見ず知らずの僕らに料理をふるまってくれるなんて、ありえないことだよね。
ビールまでごちそうになった。
驚くやら、うれしいやら。

お花見山行50年の歴史の中でこんなサプライズは初めてのこと。
来年は埼玉の土産を持参しての土俵岳お花見山行になりそうだ。Fb_img_1523542612823


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大塚博堂という歌手

大塚博堂という歌手がいた。
男の身勝手とその代償としての後悔をなめるように歌う歌手だった。

初めて大塚博堂を聴いたのは1975年。北海道から東京に出てきた翌々年。
弟が手に入れたLPレコード「ダスティンホフマンになれなかったよ」だった。

当時僕は身勝手の限りを尽くしていた。その結果女にふられ、陰鬱な気分で過ごしていた。

大塚博堂の歌がやけにしみた。身につまされる思いだった。

以来、ライブで何度も何度も大塚博堂シリーズをやってきた。
アルバム「ダスティンホフマンになれなかったよ」に収録された歌をストーリー仕立てにし、歌と芝居とナレーションで演じてきた。

ここ何年かは大塚博堂を封印してきた。大きな理由はないが、60過ぎのおっさんが若き日の傷心をいつまでも引きずることもあるまいと思っていた。

おっさんになったからこそ、若き日の後悔と傷心を素直に歌えるような気がしてきた。

昔とは一味違ったとらえ方で歌えるんじゃないか。そんな気がしてきている。

5月19日(土)に今年2回目のおーるどたいむ de ライブを予定している。
1部を「大塚博堂を歌う」と題してやるのも面白いかなと思っている。
10年前とはちょっと違うタッチで。

ちなみに2部は歌声音楽会の要素を入れてやろうかと思っている。

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440と442

「440と442」

ギターなどのチューニングの話だ。
一般にレギュラーチューニングとされているのは440。

でもちょっとこのピッチに懐疑的になっている。
ギターそれも生音のアコースティックギターに限った話だ。
ラインはもちろんのこと、マイクも使わぬギターそれ自体の音が一番美しく快適に感じられる音。
それはレギュラーチューニング=440よりちょっとだけピッチの上がった音のように感じる。
それをあえて数値で表せば442ということになる。

こちらの方が低音のこもり感がなく中音も存在感を増して感じられる。その割に高音は耳に障らない。
さらにピッチを上げると高音は耳障りに感じられるのかもしれない。
442程度が低音~高音までバランスよくなり、しかも全体にしまって来るように思うのだ。

むろんレギュラーチューニングの大切さはわかっているつもりだ。
アンサンブルでは音程の基準を明確にしなければ気持ちの悪い音になる。
絶対音階を持つ人にしてみれば442を気持ち悪いと感じることだろう。
知り合いで絶対音階を持つ人もほとんど思いあたらない。(あ、内藤まれかちゃんは絶対音階の持ち主だった)

僕の演奏スタイルは幸いにもひとりで奏でる弾き語り。
そんなこともありライブでは時々442でやることがある。(喫茶店JUNEさんでやる時はほとんどこのピッチ)

がんばって弾かなくてもしまりのいい明るい音が深い余韻と共に聞こえてくる。歌いやすいことこの上ない。
メリハリと余韻に包まれるのを感じながら歌うのは心地よい。

僕と442の出合いは古い。
20年ほど前参加していたオカリナアンサンブル かざぐるま時代にさかのぼる。

メンバーが使うオカリナが一番いい音に響くのは442だった。
息の吐き方で音程の変わるオカリナは演奏者が一番息の安定するところでそろえていく必要があった。

最初はレギュラーチューニングの僕のギターとオカリナ隊のピッチが合わず苦労した。
10年の間に「正しくチューニングされた」ギターにオカリナを合わせてもらうのではなく、安定してオカリナがふけるピッチにギターのピッチを合わせるようになった。
それが結果的に442だった。

僕の中でこの頃からレギュラーチューニング信仰が崩れていった。

そういえばカーターファミリーも1音下がりのチューニングで演奏していたりする。ひなびたいい感じの音が現代人の僕にはノスタルジックに感じられる。

ギター本来の音で鳴ってもらうためにはピッキングの技術等を高めることは当然だ。
それだけではなくギター個体の特性をつかんで、それに合った弦の選択やピッチを探すことも大事なような気がする。

ここに書いたことは好みの問題ではある。
生音弾き語りスタイルだからこそ好みのやり方を試せることは(孤独な反面)ありがたいことだと思う。

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2018.04.05

2018年04月 ライブ・コンサート予定

04月14日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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04月20日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

時 間    20:00~23:00

場 所    お好み焼の三貴

         https://www.hotpepper.jp/strJ000181914/map/

通常営業中のライブです。ご自由にご飲食、おしゃべりをお楽しみください。
お供にMartin古池の歌をいかがですか。

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04月24日(火)  函館旭が丘の家コンサート (未定)

場 所   函館特別養護老人ホーム「旭が丘の家」ロビー
時 間   未定

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04月28日(土)  さんすまいる歌声音楽会

時 間   10:00~11:00
場 所   デイサービス さんすまいる

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04月29(日)  喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

時 間    14:00~16:00
場 所    tea room ジュン (喫茶店JUNE)
         https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/
木戸銭    なし (ご飲食をお願いいたします)

昭和の香りただよう喫茶店で
昭和を感じる歌のかずかずを

通常営業中のライブです。お気軽にお運びください。

 

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2018.03.27

7年前の「キックオフライブ」

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7年前の今日、神田の欧風屋さんでライブをやりました。
37年勤めた共同印刷を退職し、「天下御免の素浪人」を決めた決意表明のライブでした。

題して「キックオフライブ 今日まで。。。そして明日から」

折しも大震災のあった直後。
震災のこと、自分のこと。(そしてこれからの共同印刷のこともちょっぴり)
さまざまな想いが行き来するライブでした。

長年ライブ活動をやって来ましたが、いくつか節目のライブがあります。
欧風屋さんでのこのライブはその中でも特に大きな節目となりました。
そしてそれは今の自分にとって羅針盤になるライブとなりました。

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【以下、ライブ記事

Martin古池ライブ「今日まで。。。そして明日から」 at 欧風屋 

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喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ 2018年3月

「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」終了。

実は内心今日が今月のメインイベント、総仕上げと思っていた。
朝市コンサートやお好み焼きの三貴ライブでの演奏はすべてが今日のための準備でもあった。

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1部に集約したテーマ、「卒業、別れと旅立ちそして出会い」。
3月だからこそ歌える歌の数々でストーリーを組んだ。

このテーマはこの20年、毎年毎年しつこくやって来たものだ。
選曲も8割以上が同じ歌をくりかえし歌ってきた。2割はその時々のストーリーに応じて入れ替えてきた。

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20年同じテーマ、同じ歌をやって来たが去来するものは毎年変わっている。
最初のころは子供たちの卒業や旅立ちを父親の立ち位置から歌っていた。

やがて子供たちは巣立つ。心に去来するものも徐々に変わっていく。

還暦を過ぎたあたりからは若き日の自分の旅立ちに立ち位置が変わってきた。

還暦を過ぎて初めて自分の青春時代に真っ正面から向き合い、歌えるようになったと言うべきかもしれない。

同じ歌も立ち位置が変われば歌い方も変わる。ギターのアレンジ=サポート方法も変わる。

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今日ふと気づいたことがある。
以前に比べおしゃべりが少なくなったことだ。
歌とおしゃべりでストーリーを展開するのが長年僕のライブスタイルだった。

そうすることでその時々の想いを伝えようとしてきた。

最近はお客様に投げたボールをどう受け止めてもらってもかまわないと思えるようになってきたようだ。
むろん歌う側としては明確なストーリーはある。
でも聴く側がいかように受け止めてもかまわないと思えるようになった。
だからストーリーを補完するためのお膳立て=おしゃべりの数が減ったんだと思う。

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おそらくこの先も毎年3月は同じテーマで同じ歌を歌い続けるだろう。
10年後、どんな風に歌いどんなやり方でライブを展開しているか。
なんだか楽しみだ。

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2018.03.21

「あすなろの歌」 by チャーリー

https://www.youtube.com/watch?v=TsOsOtllArk&feature=youtu.be

甲州の友人、チャーリーさんが僕の「あすなろの歌」をPCで大編曲してくれました。
カントリーフレーバー満載の素晴らしい編曲。

本人歌唱よりずっといいわぃ。
照れくさくも、うれしいできごとでしたっ

‼️

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【音楽雑感】 淡々と歌うことのむずかしさ

淡々と歌うことの難しさ。
一人でただ歌うだけならいくらでも歌える。
でもお客さんを前にして淡々と歌うとなれば話は別だ。
淡々とした中にもたしかな存在感を残せなきゃならない。

理想はその場にあって「空気」のような存在たること。
あたりまえのように存在し、かつその場に欠くべからずといった歌い手であること。

強い個性や自己主張はしないけれど、聞く人に心地のよさがしみこんでいたというのがいい。

それは冬の寒さの中のほのかな暖かみだったり、夏の暑さの中の涼やかな風だったり。

十数年、市場やお好み焼き屋さんなどで歌ってきて感じる理想の姿。
市場もお好み焼き屋さんも喫茶店も通常営業の中で不特定の方々に歌っている。
ライブを聴きに来たわけではない方々と時間と空間を分かち合うためには「空気」のような歌い手であることが一番の近道のような気がする。

感情も歌もギターもすべてぎりぎりまで抑える。
でも抑制された中に圧縮された密度の高いものが隠されている。それが情感としてにじみだしてくる。
それが淡々と歌うということのような気がする。

高校生のころ室蘭市民センターで観た宇野重吉と北林谷栄の芝居がそうだった。すべてにおいて抑制された表現だったがなにか深く残るものがあった。
あの静かな感動は40年以上の時を経て、今よみがえってくる。

そんな歌い手になりたい。

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