2018.02.22

【お知らせ】 喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

今週日曜日は「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」。
今週は14:00スタートで16:00までです。

昭和の香り色濃い喫茶店で、昭和の香り漂う歌のかずかず。

通常営業中の弾き語りライブ。
お茶を飲みながら、食事をしながら、ビールでも飲みながら
まったりしにいらしてください。

今回は冬の歌をたくさん集めて歌うかと思っています。
冬の歌・歌い納め。
さて何がとびだすか。

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喫茶店JUNE(ティールーム ジュン)
 https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/

2月25日(日) 14:00~16:00
弾き語り:Martin古池
木戸銭 :なし(ご注文をお願いいたします)

おすすめ珈琲はサイフォンで落とすハイブレンド。
コクがあっておいしいですよ)

June_225

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2018.02.15

【お知らせ】 歌初め2018 想う・思う ライブ at Again

2018_again

[こまぁしゃる]

「歌初め2018 ライブ at Again」

毎年恒例の歌初めライブを今度の日曜日の午後、武蔵小山のLive cafe Againでやります。
主催のしばちゃん(pa-la-la隊長)は照れ屋であまりライブ告知をしないし、若武者・ツカサにいたってはシャイニー・ボーイの極致。したがって面の皮が厚い僕が宣伝部長を勝手にやります。

このライブを始めて6~7年になります。
このライブの面白さは20代のツカサ、40代のしばちゃん、そして60代のエイぼん&Martin古池の3世代でやるところ。
人生の「春の時代」、「夏の時代」、そして「秋の時代」を生きる3組がそれぞれの世代の想いをのせて歌います。

夢と憧れを原動力とする「春の時代」の真っただ中にいる若武者・ツカサ。
生活することと生きることに全力を傾け「夏の時代」を全力疾走するしばちゃん。
「冬の時代」のとばくちで必死に「秋の時代」という今を大切に生きるジジ・ババコンビのエイぼん&Martin。

人は自分の「生まれ育った時代」という大きなくくりの中で、個々の体験を通して育っていきます。当然世代によって感じること・思うことに違いがあります。
でも反面、世代を超えた共通の想いというものもあるはずです。

このライブは世代間の闘争であるとともに、世代を越えた共感を目指しているような気がします。

もうひとつ、「人の縁の不思議さ」を感じさせられるライブでもあります。
出演者たちはほんの10年前は縁もゆかりもなかったのにちょっとした縁で毎年一緒にライブを続けています。

しばちゃんは「へたくそ親父のギター弾き語り(へた親)」の隊長。エイぼんも僕もそこで知り合い親しく付き合っています。
一方ツカサは中学生の頃、「Live in 清津峡」というキャンプ場での音楽会に参加し、そこで僕らおっさんたちの演奏を聴きギターを始めた若者。今では一番達者なプレイをするまでに育っています。(もっともツカサはブルーグラス界では有名なマンドリン奏者・健さんの血を引いているから当然といえば当然かな)

出会いは偶然。
でもその偶然も大切に育てればかけがえのないものに育っていくように思います。
そんな「人の縁」の産物、「歌初め2018 Againライブ」にお越しくださいませ。

以上「こまぁしゃる」でした。

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[歌初め2018 想う・思う」

2月18日(日) 13:30 開場 14:00 開演
Live cafe Again 
 (東急目黒線・武蔵小山駅 徒歩1分)
  http://www.cafe-again.co.jp/access.html
Charge 1500円+1オーダー
出演 :ツカサ :エイぼん&Martin :しば

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2018.02.12

やぎたこ 「We Shall Over Come」

「We Shall Over Come」

初めてこの歌を聞いたのは函館労音で開かれた「高石友也リサイタル」だった。
1969年。70年安保を控えたきな臭い年だった。
中学3年生、受験生だった僕は「安保」の何たるかもわからずに、雰囲気だけは社会変革に共鳴する早熟な小僧だった。

...

昨日に引き続き寒風の中をストックを携え、長い時間歩いた。
お供はやはり昨日と同じやぎだこの「We Shall Over Come」。
2枚組のこのアルバムを聴きながら、いろんな思いがわいては消えていった。そして深く考えた。

このアルバムの歴史的な意味は大きい。
日本のフォークソングの一つの源流を若きやぎたこがトレースしたこと。それを支えたのが源流の担い手だった「長老」の皆様。

彼らの織り成すフォークソングの世界は、フォーク第二世代の若き日の僕にはあこがれであり、お手本でもあった。
50年のあゆみ、それは音楽シーンの表舞台からは離れたところでひそかに、ゆっくりとはぐくまれてきたのだと思う。
やぎたこがその歩みをアルバムの共同制作を通して受け継ぐ営み。
僕はそこに大きな歴史的価値を感じる。
このアルバムとその作成過程に大いに共感・共鳴を覚える。

一方でひとつひとつの歌をじっくり聴きながら、僕はある種の違和感をも感じていた。
それはもし自分がこの歌を歌うとするならばどうやるのだろうかという問いかけからくるのだと思う。共感を覚えるものに対してむしろ距離を置くという、性癖というか習慣が僕には昔からある。たぶんひとつひとつの歌を咀嚼し、自分の中に落とし込み、なじませていくにはまだ時間がかかりそうだ。
違和感を感じさせてもらえるということはそこに引っかかるものがあるということだ。(良い意味で引っかかるということだ)

そんな思いを抱えながら聴き進め、アルバムは終盤にさしかかる。
そして流れてきた「We Shall Over Come」。
のどにためて歌うやなぎさんのアカペラソロで始まる1番。(やなぎさんの声、歌い方にアーロ・ガスリーをいつも感じる)
2番は透明でストレートな歌声の貴子さんにつながれていく。
そしてギターが入りオートハープが入り全員の歌声。まさに60年代のフォークフーテナニーを思い起こさせる。
そしてフェイドアウトで終わる。
そしてやなぎさんの「旅という生活 生活という旅」
まさにNGDBの「Will The Circle Be Unbroken」(永遠の絆)~「青春の光と影」をほうふつとさせるエンディング。

「We Shall Over Come」を聴きながらここでもまた考え込んでしまった。
かつてこの歌は「勝利を我らに」という邦題で歌われた。
70年安保を前にしていたあの頃、明確な闘争課題が当時の若者にはあった。安保闘争に限らず、ベトナム反戦運動、被差別部落問題etc.etc.と盛りだくさんだった。

「We Shall Over Come」はそんな中で歌われた。「勝利を我らに」というタイトルも違和感なく定着した。
しかし安保闘争の敗北、学生運動の衰退と過激化という流れの中で「何に対する勝利なのか」という疑問が僕の中に生まれた。
この歌を封印した。

アメリカの公民権運動やキング牧師のことは当時はよくわからなかった。ピート・シーガーがどういう状況下でこの歌を歌っていたのかもまたよく知らなかった。(北海道の田舎町・室蘭でそういう情報を得ることは至難の業だった)
つたない英語力では「We Shall Over Come」を「勝利を我らに」とは訳せなかった。そこにも違和感を覚えた。

のちに知ったことだがキング牧師は有名な演説の中で直接的な闘争課題について語ってはいない。むしろ人間として「あるべき姿」を目指したものだった。それが直接的闘争課題に拘泥する人たちからは非難を浴びた。
「We Shall Over Come」を今思う時、勝ち負けではない人類の理想を求めたキング牧師のことが思い出される。

あの時代から50年が過ぎた。今やぎたこがどんな思いでこの歌を選んだのか。
今度お会いした時にそんな話ができればうれしいのだが。

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2018.02.10

おだやかなり「朝市コンサート」

比較的おだやかで暖かい2月始めの「朝市コンサート」。

今回も松本さんが顔を出してくださる。
市場の客足はいまひとつ。

今回は「1曲勝負」を強く意識して臨んだ。
先日の「楽園たまぴオープンマイク」での反省、「1曲で3分間ドラマ」を表現することの大切さを再認識したためだ。
テーマ、曲調など一切考えず、1曲の独立性を意識した。
だから選曲は歌詞カードをあらかじめトランプのようにテンをきっておいた。カードをめくった時に出てきた歌をじっくりやるという感じだった。

もうひとつ、今日はストローク主体の演奏にした。指がかじかんでフィンガーピッキングが難しかろうと想定したため。(実際は暖かくフィンガーピッキングは問題なかったが)。

選んだギターはギブソン・サザンジャンボ。
単一指向性のコンデンサーマイクで右下からあおるようにボーカルもろとも拾う、最近お気に入りのやり方。ギター音量が大きいのでマイク位置をやや上に持ってきた。

トライしたのはバラード系の歌も分散和音にせず、ストロークで弾くこと。
スローテンポの歌をこれでやるのはけっこう難しい。つい走りぎみになったり、リズムが崩れたりしがちだ。

意識したのはまずはリズム。
4拍子の歌も表裏8拍子の体内リズムを感じながら弾いた。

次に意識したのは単調になるのを防ぐためアタックの強弱。それに伴ってピックを弦に当てる位置を拍ごとに変えるようにした。例えば1,2拍目はブリッジよりの硬い音で弱めに弾くが、3拍目はサウンドホールよりの部分を強く、そして4拍目で再びブリッジよりに。
これをキープするのは難しかったが、メリハリがついていい感じだった。
超スローテンポでしかも転調2回の「恋人たちのペイブメント」をこのやり方で最後までできた時は「やったぜ‼️」と思った。

失敗や反省を基に補正のための試みができたという点で今朝の「朝市コンサート」は大いに満足している。

来週金曜日の「お好み焼きの三貴ライブ」でさらに固めたい。
そして日曜日のスペシャルライブ「2018歌初め」になだれ込みたい。

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2018.02.07

雑感 オープンマイクに参加して

先日友人が主催するオープンマイクに参加した。

音楽好きが7~8人参加し、一人2曲ずつ弾き語っては交代するというものだった。

僕はこれまでオープンマイクに参加したことがあまりなかった。

自分のライブスタイルとはかなり違うため、参加することにためらいを感じてきたからだ。

僕のほとんどのライブはテーマやストーリーに沿って歌やトークを組み込んでいくスタイルだ。

事前の準備で起承転結をイメージし、本番では場に合わせて自由に崩していく。崩しはするが最後は「結」に結びつけていく。

1ステージはほぼ1時間ほど。これを1本もしくは2本やるのが普通だ。

30年ほど前からこんなやり方が僕のスタイルだった。

正直オープンマイクをなめてかかっていた。

ところがいざ参加してみると、この2曲を選べない。選んでもどう歌えばよいか戸惑ってしまったのだ。

2曲ではストーリーが組めない。起承転結で組むには4曲は必要。脈絡なく2曲を重ねるという発想が僕には希薄だった。

他の参加者たちは歌と歌の連関に気を配ることもなく、自由に好きな歌を歌っている。

僕にはその自由さを持ち合わせなかった。

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レコードに例えるとオープンマイクの2曲はEPレコード。A面、B面あるにせよ1曲ごとの勝負。

一方僕のはLPアルバムのコンセプト版。キメの歌もあればつなぎの歌もある。

オープンマイクで感じた戸惑いはつなぎの歌を入れる余地のない窮屈さだったように思う。

けれども視点を変えると、
EPレコード=オープンマイクでは「この1曲にすべてをかける」という意気込み、強い思いが問われるということなんだろうと思う。

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「歌は3分間のドラマ」とは昔から云われることだ。

1曲に込められた起承転結を歌いきることの大切さは言うまでもないことだ。

自分もそれは意識し心がけてきたことではある。

しかしながらオープンマイクで戸惑いを感じてしまったことからして、「1曲にかける」という意気込みに欠けていたような気がしてならない。

自分のスタイルに固執し、それに慣れ親しんでしまった結果、いつのまにか甘さが生まれてしまったような気がしている。

長年やってきたスタイルを変えることはこの先無いと思う。それは心血注いで築いてきたものだからさらに精度を高め、深めていくしかないと思う。

けれど一方で「1曲にかける」という意気込みのようなものも同様に鍛えていかなければならない。

それを思い出させてもらったオープンマイクだった。

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「喫茶いづみ」 鶴岡マスターのこと

「イケちゃんよぉ。
歌は語るがごとく。
語りは歌うがごとくだよぉ」

故・鶴岡昭二さんの口癖だった。...
鶴岡さんは今はない「喫茶いづみ」のマスター。歌もギターも語りも達者な人だった。

僕たちは店のはねた深夜、ジャムセッションをくりかえし「芸」をみがいた。あれは音楽というよりも「芸」だった。
いかにしてお客様と接点を作り、波長を重ねていくか。歌もギターも語りもそして仕草や表情までもそのための媒体だった。

「いづみ」で歌うということはコーヒーを飲みながらくつろぐお客様に受け入れられなければならないという大前提があった。無論一見のお客様も多かった。
お店によるお膳立てはなに一つない。すべてを自分で作り出すしかなかった。

まだ30をちょっと越えたばかりの僕には高いハードルだった。それは40過ぎの鶴岡マスターにしても同じだった。
僕たちの深夜のジャムセッションは高いハードルを越えるための稽古だった。

とはいえ天賦の才と場数を踏んでいるマスターの表現力や説得力は半端ではなかった。
僕は彼のステージに圧倒され、自分のステージに打ちのめされる日々だった。
鶴岡マスターに激しく反発し、そして嫉妬した。

鶴岡マスターが病に倒れ、この世を去って10年近くになる。
彼が旅立った年齢に僕もさしかかっている。

ふと思う。
自分の歌は往年のマスターの領域に達しているだろうか。
無論答えなど出ようはずもない。
でも多少なりともわかってきた。
「歌は語るがごとく…」の意味が。

語るがごとく歌いつつ、フレーズとフレーズ(語りと語り)の狭間に「情感」を漂わすこと。それが僕のめざしたい姿。
自然にそういう風に歌えるように、明日はなりたいものだ。

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越えようとしても絶対に超えられぬ壁のような存在だった。
卓越した表現力や説得力は圧倒的で絶対的だった。
それは「個性の違いがそれぞれの魅力」などというものを完全に凌駕していた。
「個性の違い」なんて言葉はあまっちょろい逃げ口上にすら思えた。まさに「天賦の才」っていうやつだ。かなわないと思った。

彼のようなあふれんばかりの天賦の才に少しでも食い下がるには努力しかないと思った。
挑戦と反省と努力。
鶴岡マスターのステージに打ちのめされる僕に出きることはただそれだけだった。

今に至る音楽に対する姿勢と試みはこの頃から始まった。
勢いだけで歌っていた10代~20代の頃から一歩踏み出すことができたのは、鶴岡マスターにノックアウトされたおかげだとしみじみ感じる。

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2018.02.04

2018年02月 ライブ・コンサート予定

02月03日(土)  さんすまいるコンサート

時 間   10:00~11:00
場 所   デイサービス さんすまいる
        東武スカイツリーライン 蒲生駅 西口 徒歩2分
        HP http://sansumairu-corp.hp.gogo.jp/pc/free4.html

2か月ごとの熟年歌声音楽会。音楽は演じるだけではなく、聴くだけのものでもない。
皆で歌い、語り合いながら共に楽しむものってことを教えられる音楽会です。

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2月10日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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02月16日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

時 間    20:00~23:00
場 所    お好み焼の三貴
         https://www.hotpepper.jp/strJ000181914/map/

通常営業中のライブです。ご自由にご飲食、おしゃべりをお楽しみください。
お供にMartin古池の歌をいかがですか。

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02月18日(日)  2018 うたはじめ Againライブ


時 間   13:30 開場  14:00  開演
場 所   ライブカフェ Again
        東急目黒線 武蔵小山駅そば
        地図→http://www.cafe-again.co.jp/access.html
出 演   ツカサ ・ エイぼん&Martin古池 ・柴ちゃん
木戸銭   1500円 (他にご注文もお願いいたします)

2018_again

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2月24日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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2月24日(土)  歌おう! 弾こう! うたごえフォークソング

時 間    14:00~17:00
場 所    Live cafe おーるどたいむ
         水先案内人(司会&伴奏) Martin古池

壮年歌声音楽会
いい演奏を聴くのも音楽の楽しみ
好きな歌を歌うこともまた音楽の楽しみ
歌いたい人も楽器で参加の人も一緒に楽しくやりましょう!.

201712

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02月25日(日)  喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

時 間    14:00~16:00

場 所    tea room ジュン (喫茶店JUNE)
         https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/
木戸銭    なし (ご飲食をお願いいたします)

昭和の香りただよう喫茶店で
昭和を感じる歌のかずかずを

通常営業中のライブです。お気軽にお運びください。

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筋書きのない音楽会

「筋書きのない音楽会」

デイサービス・さんすまいるで2カ月ごとにやっている歌声音楽会は、そんな言葉がとてもよく似合ってる。

今日もそんな思いを深くする音楽会になった。
70~80代のお馴染みの先達たちはいつも首を長くして、朝早くから僕を待ってくれている。

「明けましておめでとう❗今年初めてだよねぇ」

笑顔で迎えてくれる方々と軽口を交わしながら、準備にかかる。
もうこの時からすでに音楽会は始まっている。
会話の中から選曲のヒントをいただく。

「ああ、今日はこんな歌が歌いたいんだな。
じゃあこの歌を軸にしてあの歌につなげるか」
「久しぶりにみえたおじさん。北海道の炭鉱町出身だったな。月光仮面の歌が好きだった。じゃあ作詞の川内康範のことも話題にしよう。」

頭の中でイメージが広がっていく。
軽口の中からいくつかのミニストーリーができていく。

ストーリーに沿っていざ歌い始める。
思いがけない反応が返ってくる。
それにつられて軌道修正。
ひとつの道草がストーリーを思いがけない方向に導いてくれる。

一方で準備しながらわいていた別のストーリーに繋げていくのもまた楽しい。
繋ぎの歌を瞬時に決めて挟む。
方向はガラリと変わっていく。

それに乗っかるご老人たち。
ところがここでもまたまた思いがけない反応をしてくれる。
さらに道草が始まる。

お決まりのエンディングソングは「上を向いて歩こう」。
どんなに道草を喰っても最後はこの歌に収束するようにストーリーを展開していく面白さ。

一見するとなんの脈絡もない選曲。
例えばグループサウンズの歌の次はいきなりド演歌になったり、その後はシャンソンになったりする。
それでも底辺にはゆるやかなストーリーが流れている。

ストーリー=筋書きのないところから始まり、終わってみるとそこに一本の筋書きができている。
この筋書きは僕とご老人たちの間で生まれる「化学変化」によって作られていく。

こういうのをライブっていうんだなと思う。
その場で生まれ、その場で完結し、その場で消えていく。
作っていくのは一緒に歌い、一緒に語る参加者全員。
一方通行ではなく相互通行、いや全方向通行だ。

井戸端ライブの極致を今日も体験させてもらえた。

ちなみに今回いただいていた宿題。
「女の操」「女の道」も組み込むことができた。
次回の宿題は「スーダラ節」。
ちょっとハードルが高いな。

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2018.01.31

蒲生の街を歩く

久しぶりに歩く蒲生の街。
駅東口からまっすぐのびる一直線の商店街。
蒲生駅前通り商店街と蒲生中央通り商店街だ。

この街に僕は15年ほど暮らした。
すっかり変わってしまった商店街のたたずまい。でもあの頃のままの店もしぶとく生き残っている。

商店街を歩きながら、30代~50代にこの街でやっていたライブの数々を思い出す。

駅のすぐそばにあったモスバーガーでやっていたモスライブ。
同じ並びにあるすみれ美容室でのすみれコンサート。
ちょこっと脇道に入ったところにある喫茶店ブーケでの井戸端ライブ。
旧日光街道をわたった先にある自治会館での寿コンサート。
旧スーパータジマ前での朝市コンサート。
そして喫茶店いづみでのライブ。

わずか数百メートルの商店街を舞台に長きに渡り、数多くのライブをやってきた。

今この街で歌うことはない。
けれども間違いなく、僕はこの街に育てられた。
この街での経験があったからこそ、今の自分のやり方が確立したんだと思う。

今商店街のそばに長男一家が暮らしている。
長男は自分が生まれ育った蒲生の街で新しい家庭をスタートさせたかったそうだ。

そして今日は長男夫婦の二人目の子の「お食い初め」。

蒲生で新たな命が胎動し始めた。

この街が好きさ
君がいるから
この街が好きさ
君のほほえみあるから

「街」高石ともや

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2018.01.08

2018年01月 ライブ・コンサート予定

01月13日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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01月19日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

時 間    20:00~23:00
場 所    お好み焼の三貴
         https://www.hotpepper.jp/strJ000181914/map/

通常営業中のライブです。ご自由にご飲食、おしゃべりをお楽しみください。
お供にMartin古池の歌をいかがですか。

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01月21日(日)  喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

時 間    15:00~17:00
場 所    tea room ジュン (喫茶店JUNE)
         https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/
木戸銭    なし (ご飲食をお願いいたします)

昭和の香りただよう喫茶店で
昭和を感じる歌のかずかずを

通常営業中のライブです。お気軽にお運びください。

June2017121_1

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01月27日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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01月27日(土)  歌おう! 弾こう! うたごえフォークソング

時 間    14:00~17:00
場 所    Live cafe おーるどたいむ
         水先案内人(司会&伴奏) Martin古池

壮年歌声音楽会
いい演奏を聴くのも音楽の楽しみ
好きな歌を歌うこともまた音楽の楽しみ
歌いたい人も楽器で参加の人も一緒に楽しくやりましょう!.

201712

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【お知らせ】 再会します! 喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

June2017121

1年以上もお休みしていた「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」。

満を持して再開いたします。

公私ともにガタガタしておりました。

「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」を開催する力がなくお休みをしていました。

このライブは僕にとってとても大切なもので、いつかは必ずを再開しようと思ってきましたが。

このたび年も変わり、僕の事情も若干変わりました。

心機一転再スタートをさせていただきます。

昭和の香りただよう喫茶店で

昭和を感じる歌の数々。

平成の世の最後にあらためて「昭和」という時代を意識した歌の数々をお届けいたします。

通常営業中のライブです。

お気軽にお運びください。

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2017.12.31

過行く2017年をふりかえる

今年も1年越谷を中心に歌ってきた。
レギュラーライブと位置づけてきたのは「朝市コンサート」(月2回)と「お好み焼きの三貴ライブ」(月1回)。
季節ごとに「おーるどたいむ de ライブ」を4回。
そして函館の特別養護老人ホーム・旭が丘の家で数回の「Martin古池の歌謡ショー」を数回。
みんなで歌う「歌声音楽会」もすっかり定着した。
毎月「おーるどたいむ」で同年代の人たちと、人生の先輩方と「デイサービス・さんすまいる」で隔月。
加えて長年やってきた「八ヶ岳・森の音楽会」、「Live in 清津峡」は大切な年中行事。
他にお声をかけていただき数回出演させていただいた音楽会もいくつかある。(プール平音楽会、アシベライブ、チャリティコンサート等々)
他にプライベートな出前ライブもいくつかやらせていただいた。
今年もコンスタントに毎月4~5回歌わせていただいた。
今の自分の生活パターンの中ではこれが精いっぱい。
「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」を復活させるだけの時間的、肉体的、精神的余裕は残念ながらなかった。
しかしながらコンスタントに歌い続けることは自分にとってはいい影響をもたらしてくれている。
「朝市コンサート」や「お好み焼きの三貴ライブ」は不特定多数のお客様と時間・空間を共有するスタイルなので、瞬間瞬間に対応し1曲ごとの勝負になる。
一つ一つを丁寧に演奏しなければならず、歌やギターの技術を維持・向上させることにつながった。
歌声音楽会で僕は主役ではなく「水先案内人」。
参加者の思いつかれる歌の数々は忘れていたものを思い出させていただくいいチャンスになっている。
それは「おーるどたいむ de ライブ」や「旭が丘の家・Martin古池の歌謡ショー」に反映されている。
おーるどたいむライブや歌謡ショーでは自分の思いを存分にやらせていただくことになる。
その時々の思いをテーマに歌やトークで形にしていく。
歌声音楽会で触発されたことは肉付けされ、テーマの中に位置づけられていく。
そして「森の音楽会」や「Live in 清津峡」、お声をかけていただけき出演したライブは20~30分ほどの短時間ステージでも起承転結(あるいは序破急)で小さなテーマにまとめ上げていくという勉強をさせてもらっている。
コンパクトに仕上げていくことができなければ1~2時間の長時間ステージで肉付けしていくことなどできるものではない。
贅肉だらけの冗長なライブほどつまらないものはない。
長時間ステージといっても小さなテーマの積み重ね。その結果大きなテーマに収束していくものだ。
この1年、いいリズムで各ライブを積み重ねていくことができた。
その結果として12月に年内最後のライブ「おーるどたいむ de ライブ」と「旭が丘の家・Martin古池の歌謡ショー」につなげることができた。
技術面でも新しい試みをしてきた。
「ピアニシモを生音でちゃんと届ける」とうことだ。
以前から「生音」ライブにこだわってやってきた。
これまではギターも声も大きな音を出すことに腐心してきた。
考え方を変えた。
最低音量の音をしっかり出せれば、充分に聴衆に届けられるのではないか。
それができれば100%のパワー使わなくても強い音を強い音として感じてもらえるのではないか。
最大音は隠し玉としてここぞという時に使えるのではないか。
そう考えたのだ。
僕が歌う場は決して大きくはない。
お客さんの数も20~30人。
しかも一人で弾き語りというスタイル。
そういう条件ならば可能ではないかと思った。
まず最低音をしっかり出せるように稽古した。
体の中に気をため込み圧縮する。圧縮された気を音として絞り出す。
それも体の中でその音を自然に反響させることを意識しながら。
以前トミ藤山さんに教えていただいた「呼吸法」が大いに役立っている。
また昔の相棒、吉田政美君の唱法を参考にさせてもらった。
同時にギターの音を抑える練習をした。
抑えた音でもスカスカにならず力のある音をきれいに出せるように腐心した。
右手はピックの持ち方、弦への当て方、手首の返しと支点の肘の関係をあれこれ試した。
左手は手の小さな僕でもより自由に動かせるようにするためにネックを握りこまずともちゃんと抑えられる位置を探した。
自然にそれらができるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだが、少しずつ結果が出てきているように思う。
最後に暮らしと音楽の関係について。
今年は様々なことがあった。
高校の同級生たちと初めての「大人の修学旅行」をやり、そのことが自分が音楽を始めたころに引き戻してくれた。
定年を迎え、「現役」から引退した。まだ仕事は継続しているが、この先の自分の生き方を考えるチャンスを得た。
長男に二人目の子供ができ、新しい命に接することができた。
反面年老いていく母の姿を見つめる時、「生命」についていやおうなしに考えることとなった。
これまでどう生きてきたのか。今をどう生きているのか。そして明日からをどう生きるのか。
考えるともなく考えてきたこと。それらはライブのテーマや選曲に反映していった。
自分にとって音楽は日々の暮らしを写す鏡であることを強く意識した。
それは自分自身の問題であると同時に、多くの人と共有できることでもあるのではないか。
そんな思いがより強くなった1年だった。
これまで生きてきたこと、歌ってきたことが徐々にだが重なり合い意味を持ち出した。
そう感じられる1年だった。
忙しい、結構大変な1年だったが、納得いく1年になったように思う。
たぶん来年も同じようにしながら過ごしていくのだろうと思いながら2017年最後の夜を過ごしている。

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